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伊達政宗の家紋の由来を画像付きで解説!8つの家紋使い分けた意味とは?

   

大人気の戦国武将伊達政宗!

大人気の戦国武将と言えば、必ず名前が挙がる伊達政宗。
宮城に住んでいる人なら、この銅像を一度は見たことがあるはずです。

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有名な伊達政宗の仏像ですね。これをみてもお分かりと思いますが、宮城県で伊達政宗はヒーローのような存在。そんな伊達政宗が使っていた家紋について、まとめてみました。

実は、達政宗は戦国武将の中でももっとも多くの家紋をもっており、なんとその数は8つ!もちろん、それぞれ意味があります。

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伊達政宗ってどういう人なの?

ここで、伊達政宗についてちょっとおさらい。伊達政宗は、戦国時代に活躍した東北を代表する武将です。

天然痘により片目を失明し、隻眼になったことから「独眼竜」と呼ばれることも多く、大河ドラマの主人公や「戦国BASARA」などのゲームに登場するほど有名な存在。
それだけに、戦国武将の中ではトップクラスの人気があります。この三日月の兜も彼のトレードマーク。

戦国武将としては非常にお洒落な武将としても知られ、彼の戦装束を見た人々は華やかさに感動するほどだったとか。お洒落な男性を「伊達男」ということがありますが、これも政宗がきっかけで生まれた言葉です。

ファッションセンス抜群の政宗

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そんな彼のファッションへのこだわりが良く解る陣羽織がこちら。

戦国武将が着用していたとは思えないほど、可愛らしいデザインです。このデザインは星をイメージしたものだそうで、仏教や陰陽五行説などの影響を受けています。政宗がいかに洒落者だったかがよくわかる陣羽織ですね。

 

破天荒な性格の政宗

一方で、武将としてはかなり破天荒な存在です。有名なエピソードが、「大坂夏の陣」で、味方であった神保相茂の軍を攻撃したこと。

進軍に邪魔だったという理由でしたが、休息していた味方の軍を攻撃するというのは許されるものではなく、幕府は後に政宗を詰問しています。

当時の伊達軍が非常に大きな勢力であったことからお咎めはありませんでしたが、これにより神保家は当主を失うことになりました。不憫に思った幕府は、神保家が改易したのちに父の旧領が与えられています


神保家にしてみればたまったものではありませんが、こういったことをやってのけた政宗だからこそ、厳しい戦国時代において天寿を全うできたのかもしれません。

 

仙台名物「ずんだ餅」は政宗が広めた?

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東北地方に行くと、駅に必ず売られている「ずんだ餅」。これは枝豆をつぶして餅に合わせたもので、仙台名物として良く知られています。

人気芸能人が度々取り上げることから、ずんだ餅はかなり有名になっていますが、一説によれば「伊達政宗が巡視のさなかに出された餅を気に入り、名前を付けた」ということがはじまりとか。政宗がこの地に生きた証が、確かに残っています。

 

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伊達政宗の8つの家紋を解説!いちばん有名なのは「竹に雀」

ゲームでも良く知られる「竹に雀」の家紋

伊達政宗の家紋その1

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伊達政宗が使用している家紋の中でも、特に有名なのが「竹に雀」の家紋です。こちらの家紋ですね。

この家紋は「仙台笹」とも呼ばれています。

由来は、伊達政宗の大叔父にあたる「伊達実元」という人物が、越後の上杉定実の養子になる時に、婿に対する引き出物としてこの家紋を譲り受けたことです。
結果的に養子の話しはなくなってしまいましたが、その後も家紋は伊達家で大切に使用されました。
この家紋は、ゲーム「戦国BASARA」でも使用されるなど、かなり多くの場所で使われているので「伊達政宗の象徴」とも言える家紋と言っていいでしょう。

 

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三つ引き両紋

伊達政宗の家紋その2

 

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伊達家の先祖に当たる伊達朝宗が、あの源頼朝より下賜されたと言われる家紋です。

一般的に、伊達政宗の家紋と言えば「竹に雀」が非常に有名ですが、一番長く使われている家紋はこの「三つ引き両紋」。

伊達家の1世である伊達朝宗が、藤原討伐の褒賞として源頼朝から下賜された家紋です。そう、さかのぼれば伊達政宗は源頼朝とも交流があるのですね。

 

仙台市のマークと伊達政宗

 

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ちなみに、伊達政宗で有名な仙台市のマークがこちら。

仙台の「仙」の文字を変形させて作ったマークになりますが、どことなく伊達家の家紋に似ていますね。不思議なつながりです。

 

九曜紋(くようもん)

伊達政宗の家紋その3

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「星」をイメージして作られたのが、こちらの九曜紋になります。

西洋では、星を「★」のマークであらわすことが多いですが、日本では星はすべて「〇」で表現していました。このため、伊達政宗の羽織にも〇がたくさん使われています。

さて、どうしてこの九曜紋を伊達政宗が使用しているのかというと、政宗自身が細川忠興にお願いして使わせてもらったと言われているそう。羽織りに星をいれる政宗ですから、それに通ずる紋であるこの九曜紋が欲しかったのかもしれませんね。

 

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雪薄紋(ゆきうすもん)

伊達政宗の家紋その4

 

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伊達家の家紋の中でも、特に可憐で可愛らしいイメージがあるのがこちらの家紋。「雪薄紋」と呼ばれる家紋です。

こちらの家紋は伊達家の鎧などに使用されているものですが、伊達家の姫が使う替紋として非常に有名です。また、姫だけでなく伊達家に使える女中で力がある女性にも下賜されたとか。

雪がたくさん降る東北らしい紋でもあります。政宗の初陣では、この家紋を付けた旗を使用したとか。

 

五七桐(ごしちのきり)

伊達政宗の家紋その5

 

20130703_7e113a あまりにも有名な五七桐。
日本政府が使っていることでも有名ですね。政府の演台には必ずこの家紋のプレートがついています。もともと皇室が使用していたことで知られる五七桐は、豊臣秀吉が多くの家臣に下賜したことから多く広まりました。伊達政宗も、秀吉から五七桐を譲り受けた一人です。

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十六葉菊(じゅうろくようぎく)

伊達政宗の家紋その6

 

16 当時、天皇家が使用していた家紋である十六葉菊。

こちらも、伊達政宗が使用していた家紋のひとつです。(現在の天皇家は「十六八重葉菊」。これは天皇家しか使用できないと決められています)

もともとは、豊臣秀吉が天皇から桐紋と一緒に下賜された紋ですが、その後に秀吉から政宗もこの十六葉菊を譲られています。

牡丹紋

伊達政宗の家紋その7

 

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もともとは近衛家が使用していた家紋ですが、それを政宗が譲り受けました。牡丹が美しい、凝ったデザインの紋ですね。この紋を、後に21代目当主の吉村公が改良し、「蟹牡丹」としています。

蟹牡丹(かにぼたん)

伊達政宗の家紋その8

kanibotan まるで牡丹が蟹のような形を描いている、とてもユニークな家紋です。

この家紋は、伊達家の20代目藩主にあたる「伊達綱村」が近衛家から下賜されたものです。その後、21代目となった吉村がこのような形にデザインをしました。

つまり、伊達家オリジナルの家紋です。江戸時代はこの家紋が表紋となっていました。

 

 

伊達政宗グッズが仙台名物でいろいろ売られている

伊達政宗はもともとかなりの人気がある武将ですが、「戦国BASARA」というゲームの主人公になったことがきっかけで、ますます注目を集める様になりました

中でもよく知られているのが、「家紋シール」の存在ですね。いちばん有名な「竹に雀」の家紋がシールになっているもので、スマホに貼るなどして楽しめるものです。

 

竹に雀シールはスマホに貼って楽しめる

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この画像のようなものですね。シールの他にも、政宗のご当地キティちゃん値付けなど、色々なものが販売されています。

お土産やさんをのぞくと、伊達政宗の人気の高さを実感することができるはず。仙台名物のお菓子などと一緒に、ぜひ買い求めてみてください。

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伊達政宗の遺命で作られた「瑞鳳殿」には家紋がいっぱい!

伊達政宗は70歳でこの世を去っていますが、亡くなる前に「自分が死んだ後にしてほしいこと」として、この「瑞鳳殿」を造ることを挙げました。

 

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残念ながら一度戦火で焼失してしまいましたが、現在は多くの人の手により改修され、政宗が望んだ豪華絢爛な建物をみることができます。この「瑞鳳殿」には、もちろん伊達家の家紋がいっぱい。

こちらは涅槃門(ねはんもん)と呼ばれる門。よく見ると、扉に菊紋が描かれているのがわかるでしょう。秀吉からもらった菊紋が、ここで使われています。

 

そして、伊達政宗が眠る「瑞鳳殿」

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こちらには、伊達家を代表する家紋である「竹に雀」に加え、九曜紋が使用されています。「竹に雀」は解りますが、数ある家紋の中からどうして九曜紋が使用されたのかが気になるところ…。羽織に浸かっていることからも、政宗は「星」にかなりの思い入れがあったのでしょう。

 

同敷地内には綱宗公の霊屋「善応殿」

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同じ敷地内に、三代目にあたる綱宗公の霊屋「善応殿」もありますが、こちらには三つ引き両紋が見えますね。このように、伊達家はすべての家紋をとても大切に扱っています。

 

現在も健在の伊達家18代当主!

伊達家のご子孫は今もご健在で、現在は18代目当主となる方が活躍されています。

長く因縁のあった浅野家と398ねんぶりに和解するなど、積極的な稼働をされているご様子。あのサンドウィッチマンの伊達みきおさんは、分家の血をひかれているお方です。
伊達家は、政宗の血をひいているということをとても大切にされていて、子孫にはその教えを説いているとか。度々そのお話を披露してくれているので、ぜひ機会があれば聞いてみたいものです。

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