お役立ち!季節の耳より情報局

暮らしに役立つ様々な情報を厳選してお届けします!

信長を裏切った明智光秀の桔梗紋を解説!長曾我部元親との関係に新発見!?

   

明智光秀の画像
 

天下統一を目前に控えていた織田信長。その織田信長を「本能寺の変」で討ち、歴史の流れを大きく変えたのが明智光秀です。彼がなぜ、信長を裏切ったのか、また彼が使っいたことで有名な桔梗紋について解説していきます。

信長の腹心として仕えた光秀が、どうして信長を裏切って討ったのか。長くいろんな説が出ていましたが、最近になり有力な説が発見されました。

 

スポンサードリンク

 

光秀が信長を殺した理由に、長曾我部が関わっている?

明智光秀が織田信長を討った理由に関しては、現在までに様々な説が浮上しています。

そのまま「信長の立場にとって代わろうとした」という説もあれば、「実は黒幕は豊臣秀吉だった」など、説については様々なものがありますが、近年になり「本能寺の変」に関する新しい史料が発見され、話題となっています。

 

本能寺の変についての新資料

この史料は、岡山の林原美術館・岡山県立博物館が見つけたもので、四国の武将・長曾我部元親が、明智光秀の家臣にあてた手紙です。

当時、信長は長曾我部元親が四国を自由にすることを許していましたが、その後一転して「土佐(高知)・阿波(徳島)」のみとするように命じ、元親は非常に悩んでいたようです。

手紙には、信長の条件を呑むという長曾我部の言葉が読み取れ、織田信長との戦いを何とかして避けたいという思惑が見えます。

 

信長による長曾我部征伐

ところが、信長は長曾我部征伐のために軍を手配。長曾我部とも信長ともつながりがあった光秀は、二人の間の間に挟まれることになってしまいました。

最終的に、光秀は長曾我部との関係を優先することを選び、信長を討ったということがこの資料から伺えます。

 

スポンサードリンク


否定できない明智光秀と長宗我部元親との関係

おそらく、光秀には信長を討つ理由が他にもあったと考えられますが、この説が引き金となって本能寺の変が起きた可能性は否定できません。長く謎とされてきた「本能寺の変が起きた理由」ですが、もしこれが真実であれば、長く裏切り者と言われてきた光秀にも正義があったことになりますね。

 

<合わせて読みたい記事>
織田信長の7つの家紋を用いた意味・由来を簡単に画像付きで解説!織田木瓜の家紋の読み方は?
長曾我部元親の家紋と生涯を紹介!四国を平定した戦国武将に迫る

 

明智光秀の桔梗紋…実は「不吉な家紋」に

kikyo
 

明智光秀と言えば、この「桔梗紋」が非常に有名ですよね。

有名すぎるほど有名な桔梗紋ですが、明智光秀の裏切りは当時の人々に大きな衝撃を与え、「桔梗紋=不吉なもの」という扱い方をされるようになってしまいました。
そのせいもあり、もともと桔梗紋を使っていた人が他の紋に変えるなど、少なからず影響があったようです。

 

桔梗紋=不吉のイメージ

その後に幕末にも同じ桔梗紋をもつ坂本龍馬が暗殺されたことから、桔梗紋=不吉というイメージがどうしてもつきまといます。

桔梗紋の家紋を持つ武将は悲劇人が多い!?明智光秀、加藤清正、山県昌景、坂本龍馬も



 

ただ、明智光秀が信長を討った理由が本当に長曾我部のことであれば、「裏切り者」のひとことで光秀を語ってしまうことも違います。今後にまた新しい発見があれば、光秀の印象ががらりと変わることがあるかもしれません。

 

スポンサードリンク

 - 戦国武将の家紋