お役立ち!季節の耳より情報局

暮らしに役立つ様々な情報を厳選してお届けします!

高橋紹運の家紋「大友抱き花杏葉」を解説!猛将と呼ばれた大友家の戦国武将

   

jyoun

056 大友抱き花杏葉

高橋紹運の家紋

九州の名家・大友氏を支えた家臣の一人・高橋紹運。
「たかはし じょううん」と読みます。
九州の名将として知られ、さらに義に厚い武将であったことでも有名な高橋紹運についてまとめました。
ちなみに、紹運の子孫には超有名人が二人いますので、ご注目ください。

 

子孫の一人は有名なあの武将

高橋紹運は、九州の名門中の名門・大友家の家臣でした。
大友家は、大分県を中心に勢力を強めた超名家で、大友家が使用していた「杏葉大友紋」は九州の武将たちから憧れの視線を集めたほど。
その家に仕えていた紹運ですから、もちろん実力は折り紙付きでした。

さて、ここにひとつ面白い逸話があります。
紹運は、大友家の庶流(分家ですね)の武将・立花道雪と非常に仲が良かったそうです。
この道雪は忠義もので知られており、紹運も真面目で誠実な人柄で有名だったので、なにかとウマがあったのでしょうね。
その道雪には男児がなく、中が良かった紹運に「嫡男を養子にもらえないか」と頼みます。
紹運の嫡男は能力が高かったため(しかも嫡男だから跡取りですしね)一度は断るのですが、何度も請われたためにとうとう紹運は嫡男を道雪の婿養子にやりました。
この息子こそ、九州の猛将として名をとどろかせる立花宗茂です。
この宗茂が、紹運の超有名な子孫の一人。宗茂の父ですから、紹運もそれは立派なはずですよね。

 

壮絶な死を遂げた高橋紹運

優秀な武将だった紹運は、大友氏の家臣として戦で功績を挙げます。

しかし、大友家は島津家との「耳川の戦い」で優秀な武将たちを多く失った上、領土も減らしてしまいました。
それでも、紹運は道雪と共に大友家を見捨てることなく仕え続けます。
途中で盟友・道雪が病で亡くなってしまいますが、そのあとも紹運は大友家から離れませんでした。

そんな紹運でしたが、大友家の凋落はもはや島津家に対抗するだけの力がありませんでした。
紹運がいる岩屋城という城に、島津氏が侵攻します。
島津氏側は、城の紹運に「降伏しろ」と勧告し、子供を出せば講和もすると持ち掛けるのですが、義に厚い紹運は大友氏を裏切ることをせず、拒否。
城に残った763名の兵士とともに、戦います(奇しくも、この兵士の数はナムサンと読めますよね)。
島津氏は半月にわたって城を攻めるものの、なかなか落とすことが出来ず、ついに総大将の島津忠長の指揮で城を攻めます。
「もはやこれまで」と悟った紹運は、自ら城の高槽に上って切腹。39歳という若さでした。

島津氏側が紹運に降伏を勧告したのは、ひとえに島津氏が紹運の器量を認めていたためです。
まだ若い武将でしたし、「ここで殺すのは惜しい」と思ったのでしょう。
しかし、紹運は「主が盛んな時は忠誠を誓い、衰えれば裏切る。そういう武将も多いが、私は恩を忘れることはできない」と固辞し、島津氏側からも賞賛されました。

結果的に紹運は恰幅して果てますが、亡骸の見聞をした島津氏側は「私たちはたぐいまれな名将を殺した。友達であれば最高の友になれた」といい、落涙するほど惜しんだとか。
敵からも惜しまれるほどに、素晴らしい武将だったということです。

 

その紹運の子孫は、内閣総理大臣にもなったあの人

紹運の死後、次男の立花直次は島津家に降伏します。
父のこともあるためか、島津家では直次を殺すことをせず、軟禁という形をとりました。
しかし、その後に豊臣秀吉が九州征伐をした来た時に解放されています。

秀吉は、解放された直次に対して父・紹運の活躍をほめたたえ、直次に「兄(養子にいった立花宗茂)と共に国を支えてほしい」と領土をあたえました。
直次は兄のことを尊敬しており、戦場ではよく助け、兄弟仲は非常に良かったそうです。
「関ヶ原の戦い」で西軍についたために領地は没収されてしまいますが、のちに徳川家康の子・秀忠に仕えるようになり、「大阪の陣」でも活躍しています。

やがて直次は46歳でこの世を去るのですが、子孫の女性が「麻生グループ」の創業者と結婚します。
ここまで言ったらもうお分かりですよね?この二人の間に生まれた長男の子が、第92代内閣総理大臣となった麻生太郎氏です。
紹運の子孫で、二人目の著名人はこの方。
紹運の優秀さは、時を超えてまだ日本を動かしています。

 

高橋紹運の家紋

高橋紹運の家紋は、「鍋島花杏花紋。

大友家が使用していた「抱き杏葉紋」も使用していたと言われていますが、定かではありません。
この「抱き杏葉紋」は、大友家のシンボルともいえる家紋ですので、もしかしたら大友家が下賜して重臣の紹運に使用させていた可能性はあります。
ただ、真相は分かりませんね。

 - 戦国武将の家紋