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中川秀政に代表される中川家の家紋とは何?由来を画像付きで説明

   

 

中川の名字で有名な方といえば、中川翔子さんがバラエティだけじゃなく、歌手活動やイラストなど、幅広い分野で活躍されています。

また、歴史の上で戦国武将など中川の姓の人物も多くみられます。中川の姓は一体いつ、どのようにして生まれたのでしょうか。

中川翔子
この記事では、名字が中川という方向けに
・中川姓の由来について
・豊後国岡藩主の中川氏について
・中川さん分布ランキングについて
・中川秀政について
・中川家の家紋について
の5つについて紹介いたします。

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中川姓の由来について

中川という名字ですが、「真ん中の川」から生まれた地形姓で、つまりは「中央の川」に由来する名字といわれています。

 

豊後国岡藩主の中川氏について

中川氏の中でも、現在の大分県である豊後国岡藩主の中川氏は、清和源氏の源頼光の支流です。
中川氏は、岡城を領土とし初代藩主となった中川秀成以降、廃藩置県まで、13代にわたり豊後国岡藩主を務めたといわれています。

豊後国の藩の中でも最大の藩であったとされる岡藩を、こんなにも長い間務めあげることは簡単なことではなかったでしょう。その事実より、中川氏の強さや政治力がうかがえます。

 

中川さん分布ランキングについて

地形姓である中川の名字は、広範囲に分布しています。

1位 滋賀県
2位 石川県
3位 徳島県
4位 富山県
5位 三重県

中川秀政について

中川秀政(1568~1592年)は、戦国時代に活躍した戦国武将です。はじめは、父清秀とともに織田信長に仕えておりました。しかし、信長が亡くなってしまった後は、豊臣秀吉に仕えるようになります。

秀政は、賤ヶ岳の戦いにて父清秀が佐久間盛政の攻撃をうけ戦死すると、中川家の家督を受け継ぎ、摂津国茨木に5万石を領します。その後四国征伐なども行い功績をあげることにより、秀吉に賞賛されていきます。

そして後継となった弟の秀成の代には、ついに豊後国7万4千石の所領を与えられ、中川家は豊後国に領地を移したのでした。そして、その後秀成が豊後国岡藩の初代藩主となったのです。つまり、秀政の活躍があったからこそ、豊後国岡藩主の中川家が誕生したのです。

 

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中川家の家紋について

清和源氏義光流小笠原氏族の中川家では、「丸に松皮菱」と「丸に三階菱」の2つを家紋としていました。

丸に松皮菱

松皮菱紋は、紋形が松の木の表皮に似ているので名づけられたとされています。また、この松皮菱紋は清和源氏義光流小笠原氏族の代表家紋でもありました。

家紋

丸に三階菱

三階菱紋は、菱形を3つ重ねた紋です。この丸に三階菱紋もまた、清和源氏義光流小笠原氏族の代表紋のひとつでした。

家紋
 

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まとめ

中川氏は地名姓ではありますが、豊後国岡藩の藩主を初代から幕末の廃藩置県まで、一代も変わることなく務め上げたことより、力のある一族であったことがうかがえます。また、若狭国の藩医だった中川淳庵は、杉田玄白らと「解体新書」を刊行するなど、中川氏の活躍は多岐にわたっていたようです。

まだまだ調べると、中川氏の違った分野での活躍がみつけられるかもしれませんね。

 

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 - 家紋100位