植物紋まとめ53選!葵,麻,朝顔,葦,菖蒲,虎杖,銀杏,稲,梅,瓜,車前草,杜若,梶の葉,唐草,唐花,葛,梔子,胡桃,河骨,桜,笹,棕櫚,水仙,杉,芒,菫,大根,竹,茶の実,丁子,椿,鉄仙,梛,梨,薺,撫子,南天,萩,蓮,花角,花菱,薔薇,柊,瓢,瓢箪,牡丹,松,楓,桃,百合,蘭,龍胆,連翹

葵紋

葵紋は加茂神社がルーツとされ、徳川家の家紋として江戸時代に使われていました。将軍家の権威を表す勲章として用いられ、家康が使うようになってからは徳川家以外の使用はご法度とされていたほどです。 葵は神聖な植物として扱われ、立ち葵、二葉葵、水に立ち葵、剣に二葉葵、尻合わせ三葉葵など様々な葵紋がありました。 家康は戦国前期頃に三つ葵を使用し、加茂神社の二葉葵をアレンジしたという説があります。 家康は家康が新田一族の徳川に復姓してからも葵紋を使い続け、新田源氏を汲む加茂神社の氏子として権威を示すために葵紋にしたとも言われています。 水戸黄門の「目に入らぬか」のシーンで持っているのも葵紋です。

麻紋

麻はクワ科の一年草で、木綿生地が普及するまで日本人の重要な衣料でした。家紋だけではなく、衣料や調度品などの日用品に付ける紋様や建築、漆工などにもよく麻が使われていました。 麻紋には「六角形の星形を元にしたもの」と「麻の葉の形をしたもの」の2つのタイプがあります。六角形の星形を元にしたものには幾何学模様のようなものが多いですが、写実的に描かれたものもあります。 使用家は、大麻比古神社の神主家の永井氏や麻田氏です。永井氏は、衣料の神様として有名な徳島県鳴門市にある大麻比古神社の神主家であることから麻紋を使用していました。

朝顔紋

麻はクワ科の一年草で、木綿生地が普及するまで日本人の重要な衣料でした。家紋だけではなく、衣料や調度品などの日用品に付ける紋様や建築、漆工などにもよく麻が使われていました。 麻紋には「六角形の星形を元にしたもの」と「麻の葉の形をしたもの」の2つのタイプがあります。六角形の星形を元にしたものには幾何学模様のようなものが多いですが、写実的に描かれたものもあります。 使用家は、大麻比古神社の神主家の永井氏や麻田氏です。永井氏は、衣料の神様として有名な徳島県鳴門市にある大麻比古神社の神主家であることから麻紋を使用していました。

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葦紋

葦は湿地に生息するイネ科の植物で、蘆や葦、葭と書くこともあります。「アシ」と言うと「悪し」という悪い印象があるため、「ヨシ」と読むこともありました。

日本では葦を風流に捉え、文人からの人気が高く、早くから家紋にも用いられていました。種類は豊富な方ではなく、シンプルに1枚の葦を使った一つ葦の葉や、2枚の葦を交差させた違い葦の葉、丸の輪の中に書かれた割り抱き葦、その変形版である変わり抱き葦などがあります。

使用家は、清和源氏流の石川氏や小笠原氏支流の飯塚氏、武田氏支流の新見氏、日下部氏流の日下氏などです。

菖蒲

菖蒲は「あやめ」や「しょうぶ」と読みます。邪気払いの植物として知られ、中国から伝来した「端午の節句」という行事には欠かせないものでした。

平安時代から文様に使用されるようになり、その後家紋にも用いられたものの使用例は少なく、あまり有名ではありません。

菖蒲紋には、丸に菖蒲革や、細い丸を使った糸輪に菖蒲革などがあります。菖蒲革とは馬具や武具の革に付けられた菖蒲模様を指し、戦勝を祈願する意味が込められていました。

家紋として用いられることは多くなかった菖蒲紋ですが、陶器などの焼き物の絵柄として広く好まれています。

虎杖

虎杖は食用にもなるダテ科の多年草で、山野に多く自生していました。高さは約1.5mと大きく、卵型の葉で先は尖っています。 根には利尿作用や胃の調子を整える作用があり、薬としても使用されていました。 虎杖紋は、その葉と夏に咲く小さな白い花を併せたもので種類は少なく、家紋として用いる家は少なかったようです。シンプルな虎杖の他に、丸で囲んだ丸に虎杖、三つ割り虎杖、五つ菱形虎杖などがあります。 また、使用家には大田原氏や丹治(多治比)氏、そしてその一族である黒田氏や中山氏があります。多治比氏が用いていたことから、虎杖紋は多治比紋と呼ばれることもありました。

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銀杏

銀杏は中国生まれの落葉樹で、「生命力の象徴」として家が長く存続するように室町時代から家紋に用いられていました。これには銀杏の火に強い特徴と長寿であることが由来し、神木としても扱われていました。 徳川氏が松平氏に入婿した後は葵紋でしたが、その前は銀杏紋を使用したと言われています。日光東照宮に銀杏紋があったことからこのように推測されました。 また、足利時代になると公家では中村家や飛鳥井が使用し、徳川時代には旗本であった土方氏、岸氏、大石氏が使用しています。銀杏紋はバリエーションが豊富で、1枚の銀杏をモチーフにしたものや複数枚の銀杏、銀杏と鶴を組み合わせた銀杏鶴など200種類にも及びます。

稲は古くから日本の主食として栽培されてきたため、稲紋は神への感謝の象徴とされています。 紀伊半島熊野地区にある農業の守り神である熊野神社に奉仕する神官や氏子などに古くから家紋に用いられ、熊野信仰の普及に伴い全国に広まりました。 日本の名字第二位である「鈴木」の代表紋でもあり、熊野地区では刈った稲を「すずき」と呼んでいました。農耕の神が宿ると考えられていたすずきから名字としての鈴木が生まれたのです。 戦国時代には稲紋発祥の穂積氏、亀井氏、江戸時代になると武家や大名の間で40家ほどに稲紋が用いられました。また、名前に稲関係の漢字が付く米倉氏、米野氏、稲富氏、稲生氏なども稲紋を使用していました。

梅は、万葉集の中で8世紀になってから歌が見られようになったため、7世紀後半までに大陸に渡った遣隋使や遣唐使、僧侶が苗を持って帰り、その後普及したものと考えられています。万葉集が編纂された奈良時代のお花見というと桜ではなく梅でした。 日本では奈良時代にはすでに紋様として使われていました。また、梅と云えば天神様と関わりが深く、たいていの天神様の境内には梅が植えられています。 梅の紋様には、大別して2つあり、写実的に梅の花を表現した梅花紋と、幾何学的に表現した梅鉢紋があります。 戦国時代には美濃の斎藤氏などが梅紋を使用し、徳川時代には前田氏、松平氏など多くの家が使用していました。

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瓜はウリ科の植物で、へちまやマクワウリなどの総称を指します。文様として日本に伝わったのは古く、唐の時代です。

紋としては瓜そのものの形を表したものは少なく、ほとんどが断面を表したデザインです。瓜紋は子孫繁栄を願う紋で、特にマクワウリが用いられていました。

瓜の中で有名なのは、織田信長の「織田瓜」で、全体として花に見えるデザインをしています。その他の多くの武家にも用いられ、茨城県や埼玉県などの関東地方で見られる家紋です。

五瓜崩し、南瓜、抱き瓜、五瓜に違い鷹の羽などバリエーションは非常に豊富で、小野寺氏、大村氏、有馬氏、菌田氏、苅部氏などに使用されていました。

車前草

植物が家紋に用いられる例は大変多いですが、車前草もその一つです。オオバコと読みますが他に大葉子とも書きます。 道端に生える大きな葉の草、オオバ。それに、どじょっこだのふなっこだのように、北海道や東北地方の言い方で言葉の後ろに「こ」が付いたものと言われています。 車前草という当て字が使われているのは、馬車や牛車が通る路傍に生えているところから来ました。俳句では、花が咲く夏の季語になっています。踏まれても力強く花を咲かせる逞しい草です。葉や種子は、咳止めや健腸作用などがあります。 平安時代、征夷大将軍坂上田村麻呂家で家紋として使用されました。薬効があることから医家で使われています。

杜若

「いずれ菖蒲(アヤメ)か杜若(カキツバタ)」という言葉を聞いたことがあると思いますが、こらは「どちらがアヤメかカキツバタか見分けることは難しくて、どちらも優雅で美しい」という意味です。 杜若は湿地に自生するアヤメ科の多年草で、春には紫色の花を咲かせます。 平安時代には、衣服や輿の装飾に使われていたものが公家で家紋に使われるようになりました。美しさを表しているこの家紋は、強さを誇る武家には用いられず、公家で用いられていました。 使用家は、花山院流の中山家、野宮家、今城家。徳川時代には平維将流の高力氏、清和源頼親流の幸田氏、藤原氏支流の小浜氏などで、京都府で多く用いられました。

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梶の葉

梶はクワ科の落葉樹で、古代から葉や皮は主に神事の際に食材を盛る器として使用されていました。そのことから神官の衣服の文様として梶の葉が用いられるようになり、その後家紋としても使用されました。

梶紋は諏訪神社の神紋でもあり、諏訪神社の神官一族や諏訪神社を信仰する信州や甲斐、越後の武士や豪族によって全国各地に広まりました。また、諏訪神社の出である梶氏や神氏などの間でも用いられました。

ほかに信濃の安部氏、平戸藩の松浦氏などが使用家です。梶紋は丸に立ち梶の葉や、葉の中が真っ白な中影立ち梶の葉、5枚の梶の葉を使った五つ梶の葉車、輪の中に小さな梶を入れた毛輪に豆梶の葉などがあり、種類は豊富です。

唐草

唐草は、蔓草の蔓や葉が絡み合って曲線となったもので、現在も「唐草模様」で知られています。古くから日本で人気の文様で、正倉院文様や名物裂文様を代表する文様です。

唐草紋には草の他、花を描いたものもあり、そのほとんどは唐草によって円形を描いています。円形のみのシンプルな唐草輪や変わり唐草輪、中に牡丹が入った唐草大割り牡丹などの種類があります。

唐草紋は連なって輪を描いていることから、永い繋がりや絶えず続くイメージがあり家紋に用いられたと言われていますが、実際に使用した家は少ないようです。文様としては長く人気があり、着物や帯などの衣服にもよく用いられていました。

唐花

唐花は中国から伝来した文様で、特定の花のことではなく「唐風の植物模様」を指します。

唐花紋は平安時代に和風にアレンジされ、公家の衣装や調度品の文様として使用されるようになりました。家紋としては奈良時代に用いられるようになり、3つから8つの花弁を組み合わせて使用されました。

似た家紋に「花菱」と「花角」がありますが、花菱は4つの花弁で構成された菱形のもの、花角は菱形ではなく方形で構成されたもので唐花紋とは異なります。また、花菱は唐花紋をアレンジして誕生し、その後一つの家紋として独立したものです。

奈良県など西日本に見られ、主な使用者には松田氏、東條氏、公家の閑院宮家などがあります。

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葛はマメ科の多年草で、夏に紫色の花を咲かせる秋の七草の一つです。葛餅の葛としても知られていますが、乾燥させた根っこは、漢方薬や解熱剤などの薬としても使用されています。食材や薬に加工されてきた葛ですが、その花の可憐さから家紋に用いられるようになりました。 葛紋は一つや複数の葛の花や葉がモチーフとなり、葛の花、横見葛の花、三つ葛の葉、三つ割り葛の葉、三つ割り葛の花などの種類があります。 丹治氏流の青木氏や、藤原氏流の石尾氏、荒木氏、久下氏、山角氏、荒木氏などの家紋に用いられていました。

梔子

梔子は初夏に香りの強い花を咲かせる植物で、実が熟しても口が開かないことから「口無し(くちなし)」と名付けられました。園芸用として栽培され、収穫した実は漢方薬や生薬の原料となっていました。 後に家紋として用いられるようになります。6枚の花弁をそのままデザイン化したもので、一目で花とわかる綺麗な紋です。花全体をモチーフにした梔子、石持ち地抜き梔子、三つ横見梔子や、複数の花の一部を合わせて円形にした三つ割り梔子、陰三つ割り梔子などがあります。 このように梔子紋には幾つかの種類があるものの、発祥の由来や使用家は不明となっているミステリアスな家紋です。

胡桃

胡桃はクルミ科の落葉高木で、高さ20mにまで大きくなる植物です。ナッツのイメージが強い胡桃は、春から初夏の間に花を咲かせます。 胡桃紋は花ではなく、ナッツである種の部分をモチーフにしたものです。面白いのは、種そのものではなく種の断面を描いているところです。丸に一つ胡桃、丸に並び胡桃、三つ胡桃、三つ割り胡桃、三つ葉胡桃紋などの種類があります。 このように、胡桃紋にはいくつかの種類があるものの使用家は不明で、どの家が家紋に用いたかは判明していません。

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河骨

河骨は植物の一つで、川や池などの水辺に生える多年草です。水中に生える根っこが白い骨のように見えることから河骨と名付けられ、はじめは「かわほね」と読んでいたものが時代に「こうほね」へと変化していきました。

河骨の葉はハート形のような形をしており、家紋では葉の中に細かな葉脈が描かれています。河骨紋には、三つ河骨、三つ追い蔓河骨、割河骨、四つ蔓河骨、中輪に二葉剣河骨などの種類があり、バリエーションは多彩です。河骨紋のほとんどが葉のみをモチーフにしていますが、種類は豊富に存在します。

藤原氏族の堀江氏などによって家紋に用いられていました。

桜は古くから日本の代表的な花です。平安時代頃から模様として桜の花が用いられるようになり、武家は武具の装飾などに、公家は調度品や装束などに使用していました。 家紋として用いられるようになったのは江戸時代からで、使用者はあまりいなかったと言われています。特に武家の間での使用は少なく、桜は花が散るのが早いため「短命」を意味することが理由となっています。 しかし京都や東海地方の者や大名には好む者が多く、使用家には桜井松平氏、肥後の細川氏、仙石氏などがあります。また、名字にちなんで花木氏、桜井氏、吉野氏にも用いられていました。 デザインは1つの桜を使ったものや、いくつかの桜を入れた綺麗なものもあります。

笹は、縁起が良く神事に使われることの多い植物でした。地鎮祭や七夕がその例です。文様としては源氏物語の絵巻物などで古くから用いられてきましたが、家紋として用いられるようになったのは室町時代以降です。 はじめは公家の家紋となり、積雪にも耐える強い植物の象徴として家紋に採用する家が増えました。中でも有名なのは上杉家の「竹に雀」や上杉家から贈られた紋を少し変化させた「仙台笹」です。今でも馴染みあるものとして、笹型をした仙台名物の笹かまぼこは、この家紋を由来に誕生しました。 他の使用家には、武家では伊達氏、鳥居氏、竹中半兵衛、公家では冷泉家などがあります。

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棕櫚

棕櫚はヤシ科の常緑高木で、九州などの温かい地域に生息する幹の太い植物です。古代中国では戦いの勝利のシンボルとされ、日本では神霊の憑代として文様や家紋になりました。

室町時代の軍用記である「太平記」にも棕櫚紋が登場し、藤原氏支流の米津氏や、清和源氏支流の佐々木氏、富士氏などが用いました。

棕櫚は九州地方をメインに生息するものの、家紋がよく用いられたのは静岡県や愛知県です。紋は扇状に大きく広がった葉が描かれ、佐々木氏が使用したものは、そのまま棕櫚と呼ばれているほか、抱き棕櫚や一つたち棕櫚、入れ違い割り棕櫚、加納抱き棕櫚などがあります。扇状の棕櫚紋はどれも存在感があり、勝利のシンボルとなっているのも納得のデザインです。

水仙

水仙はヒガンバナ科の多年草で、白や黄色の花を咲かせる植物です。中国の「水仙」を音読みしたもので、西洋では神話にも登場する花で、海外では「希望の象徴」とされています。

古くに家紋として用いられた記録は無く、明治時代以降に水仙紋が登場したと言われています。

水仙紋は花を大きく描いたものや、茎や葉を入れたものなどがあり、抱き水仙、抱き水仙に三つ鱗、変わり水仙の花、葉敷き向こう水仙など種類は様々です。

明治時代以降に確認された主な使用家には、河津氏や足利氏があります。

杉は、大木になることから松と並ぶ神木とされていました。特に有名なのは大和の三輪神社で、万葉集や日本書紀にも残っています。

それゆえ三輪神を祖神とした大神家が杉紋を使用し、それがきっかけとなり普及したと言われています。

また、杉は目印としても使用され、酒屋の看板には杉の葉が用いられていたため、酒に関係した家でも杉紋を使用していました。

一本から数本の杉をモチーフにした紋で、シンプルな二本杉、三本杉や、頭寄せ三つ割杉の丸、抱き割杉、丸に覗き二本杉などがあります。

使用者は神社・酒関係の家の他に、藤原氏流の本多氏、杉浦氏、戸川氏、有馬氏、清和源氏流の上杉氏、新見氏、上林氏などです。

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芒はイネ科の植物で秋の七草として知られる多年草です。「芒」とも「薄」とも書きます。

古くからお月見の際に飾られる植物で穂が美しいとされ、文様には多く用いられていましたが、家紋としての使用例は多くありません。

芒紋は穂が繊細に描かれたものや、花や葉まで描かれたものがあり、抱き芒や、雪輪の中に複数の芒を入れた雪輪に芒、三つ追い芒、芒に露の丸、芒輪に四羽飛び雁などがあります。

芒紋は清和源氏支流の西尾氏や、仙台の伊達氏が使用していました。

菫は、古くから身近で可憐な春の花として親しまれていました。「すみれ」という名前は、花の形が大工道具である「墨入れ」に似ていたことが由来しています。菫は春先に紫色の花を咲かせるスミレ科の植物です。 菫紋には花や茎、葉などを入れ全体を描いたものが多く、一つ菫、2本の菫を使用した抱き菫、三つの菫で円形を描く三つ葉菫、車輪のようなデザインの菫車、1本の菫が大きく葉を広げた菫胡蝶などの種類があります。 長州藩の毛利氏の替紋として用いられていた他、中尾氏や増山氏などにも用いられていました。

大根

大根紋は、現在でもよく食べられている野菜の大根を描いたもので、かつては「おおね」という名で邪気払いや、無病息災の意味を持っていました。大根は春の七草であるスズシロでもあります。 中国では「菜福(らいふく)」や「蘿蔔(らいふく)」と呼ばれ、福に関係するものとして家紋に用いられるようになったという説や、仏教における象頭人身の守護神への供物でもあったため、その信仰から家紋になったという説など諸説あります。 文様としては早くから登場していたものの、家紋としては遅く、越後の柿崎氏や富田氏、本庄氏などが使用しました。大根紋は葉が大きく描かれたものが多く、真向き大根や二本の大根を用いた違い大根などがあります。

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竹は「松竹梅」の一つであるため、縁起の良いものとされていました。竹の葉は笹ですが、竹紋とはまた別に「笹紋」として存在しています。

竹は奈良時代になると衣服や調度品などの文様として使用され、室町時代には家紋として用いられるようになりました。どんな季節でも強く伸び続け、高潔で強靭な生命力を意味し、公家の間ではよく竹紋が使用されていました。特に、丸や桐と組み合わせたモチーフが人気だったようです。

笹紋が別にあるものの竹と笹が合わせて描かれたものも多く、竹紋には切り竹に笹、丸に二本竹笹、丸に篠付き切り竹笹、中輪に二本竹と笹など種類は豊富でした。明石氏、稲葉氏、上杉氏、河内氏、大鳥氏などが使用していました。

茶の実

茶の実紋は「橘紋」によく似ていますが、橘紋は実の後ろに3枚の葉があるのに対し、茶の実紋にはその葉がありません。

茶の実は高貴薬として伝来したお茶の長寿などの効能にあやかり、家紋になったと言われています。武家社会で茶道が流行したことで家紋に用いる家が増えたものの、江戸時代以前の史料には見られません。

使用例が少ないと思われている茶の実紋ですが、兵庫県や京都府、宮城県や関東地方など様々な地域で用いられていました。鵜飼氏、三田氏、村田氏、土田氏などが使用者です。

茶の実紋には、一つ茶の実、花三つ茶の実、糸菱に及位茶の実、亀甲三つ茶の実、三つ葉埋み茶の実など様々なバリエーションがあります。

丁子

丁子は「クローブ」とも言い、現在ではスパイスカレーにも使用される香香辛料の一つです。江戸時代には香料として匂い袋の中に使用され、また薬としても扱われていました。

仏教では丁子は宝物の一つとされ、瑞祥的な意味も込められていたため家紋に使用する家が増えたと言われています。

丁子は1本の実に3枚の葉がセットになり、それが1つかた8つほど描かれたデザインです。丸に一つ丁子、丸に違い丁子、二つの丁子の間に小さな丁子が描かれた子持ち抱き丁子、組み合わせ二つ丁子などがあります。中でも公家の三条西家が使う「八つ丁子」が有名です。

その他では、藤崎氏、望月氏、松平氏が使用していました。

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椿

椿は日本原産の常緑樹で、古くから油や炭などの材料となっていました。また、観賞用として花道や茶道の場でも使用され、華やかなことから陶磁器や染織り物の文様としても使用されていました。

美しく人気な花ではありましたが、椿の花はポトリと落ちることが不吉とされ、大名の間では家紋に使用されることはあまりありませんでした。

椿紋には頭合わせ三つ椿や、三つ椿車、丸に一つ椿などの種類があり、名字にちなんで椿氏や、山脇氏、小沢氏に用いられていました。また、椿油の産地である紀伊大島では、家紋に使用している島民も多いようです。

大名間では椿紋は人気が無かったものの、日本橋水天宮の神紋としても椿紋が用いられています。

鉄仙

鉄仙はキンポウゲ科の落葉蔓性草で、現代では「クレマチス」とも言います。17世紀頃に渡来した園芸種の花です。

鉄仙は、蔓が鉄線のように強いことからそう呼ばれるようになり、江戸時代には茶会を飾る花として好まれたことで家紋に用いられるようになりました。

鉄仙紋には6枚から8枚の花弁を用いて描かれています。使用地方は東日本に多く、西日本ではあまり見られません。

花鉄仙、三つ割り鉄仙、菊座花鉄仙、五つ鉄仙、丸に鉄仙などの種類があります。使用者は、金子氏、平田氏、片桐氏などです。

梛は、暖かい山林に自生するマキ科の常緑樹で、竹柏(かや)とも言います。大木に成長するため古来から「神木」とされ、縁起の良いものとして扱われてきました。大和の春日神社や、紀伊の熊野神社でも梛が神木として用いられています。

家紋としては木そのものではなく、葉や枝がモチーフとなっています。葉などで円形を描いたものが多く、一つ梛の葉の丸、二つ梛の葉、丸に三つ梛の葉、丸に抱き梛の葉、抱き梛などの種類があります。

熊野神社では神木として梛が用いられていますが、その神主でもある鈴木氏は家紋としても使用していました。使用者は他に、清和源氏流の諏訪部氏や武井氏などがあります。

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梨はバラ科の落葉高木で、古代中国では解熱効果や咳や痰を抑える薬効があるとされていました。現在は果樹の印象が強い梨ですが、漢方薬として扱われていたのです。

梨紋はベースとなった植物は不明とされていて、梨の実を切った時の切り口ににていることから梨紋と呼ばれるようになりました。唐梨紋と言うこともあります。

梨紋には、永井氏は使用していた永井梨の切り口や、糸輪に豆梨の切り口、陰梨の切り口などの種類があります。主に愛知県で用いられ、東海地方に多く見られます。

使用者には、吉見氏、大橋氏、戸祭氏などがあります。

薺はアブラナ科の春の七草の一つで、「ぺんぺん草」とも言われる植物です。春には白い花が咲く薺は、七草粥として食べたり、葉を剥き音を出して子どもの遊びにも登場する身近な草の一つです。また、実の形が三味線のばちに似ていることから「三味線草」と呼ばれることもあります。

家紋としては武家の間で使用され、葉をかたどったデザインをしています。五つ薺や八つ薺、雪輪で囲んだ雪輪に六つ薺などがあり、どれも左右対称で放射状に広がっていますが、中には変り薺という種類もあります。

仙台の伊達氏にも使用された他、八木氏、筒井氏、京極氏などに使用されました。

撫子

撫子はナデシコ科の植物で、秋の七草の一つです。現在も「大和撫子」という言葉があるように、日本人によっては馴染みのある植物です。

撫子紋は、中国から伝来した唐撫子(石竹)をベースに紋化したもので、花を描いたものが多いのが特徴です。中には花と合わせて葉や茎を描いたものもあり、枝撫子や葉付き撫子と呼ばれます。

花のみを描いたものは、糸輪に豆撫子、丸に撫子、三つ割り撫子、山口撫子、雪持ち地抜き撫子などがあり、武家である秋月氏が使用していたものは秋月撫子、美濃の斎藤氏が使用していたものはシンプルに撫子と言います。

武家に多く用いられた撫子紋は、石川県や岐阜県、長野県に多く見られます。

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南天

南天はメギ科の常緑低木で、「難を転ずる」という言葉に通じ、縁起の良い植物として扱われいました。吉祥や厄除けの意味も持ち、多くは祝賀の際に用いられていました。

南天の葉は解熱効果や咳に効果があるとして薬にもなっていました。赤い実がなかなか落ちないことからも縁起が良いとされていましたが、南天が広く浸透したのは遅く、江戸時代に園芸愛好家によって用いられました。

その後、縁起が良いため家紋としても用いられましたが、使用者に関してははっきりとしていません。

南天紋には、三つ葉南天、丸に三枝葉南天、南天車、雪輪に南天、三つ割り追い南天、亀甲三つ南天などの種類があります。

萩はマメ科の落葉低木で、秋の七草の一つです。日本では早くから親しまれ、「万葉集」にも登場しています。

はじめは文様として衣服などに使用されるようになり、その後家紋へと転化していきました。萩という名前は、毎年新芽を出すことから「生え目」が変化し「はぎ」になったと言われています。

萩紋は小さな葉が細かく描かれたものが多く、萩の枝丸、花付き抱き萩、束ね萩、丸に九枚萩、抱き割り萩などがあります。

現在も名字に「萩」の付く方が多いですが、名字にちなんで萩田氏、萩野氏、萩原氏が用いた他、吉川氏や杉原氏も萩紋を用いていました。

蓮は、インド原産のハス科の植物で、水の中に生えるのが特徴です。古来より仏教やヒンドゥー教では「神聖な植物」として扱われていました。

日本には中国を通じて伝来し、家紋となった正確な理由については判明していませんが、仏教信仰によるものではないかと考えられています。

レンコンは蓮の根でもあるため、蓮紋は「蓮根紋」とも言われています。花を描いたものや花に加え葉を描いたものがあり、中輪に蓮の花、丸に蓮の葉、割り蓮の花などの種類があります。

苗字に「蓮」の付く蓮見氏や蓮井氏、蓮田氏、蓮沼氏などの家紋に用いられ、その他の使用例はあまりありません。家紋の中では珍しいものとなっています。

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花角

花角は特定の花を指すのではなく、花弁と方形にあしらったデザインのものを指します。花角とよく似た紋に「花菱」がありますが、花菱紋は菱形をしており、方形の花角とは別物になります。

また、花角をアレンジしたことで別の家紋に独立した「唐花紋」がありますが、これも花角とは区別される別物です。

花角には様々な種類があり、公家の三条家が使用していた「三条花角」、滋野井家が使用していた「滋野井花角」、その他では四つ花角、剣花角、鬼花角、陰花角、四つ割り花角、三須賀花角などがあります。

家紋としてバリエーションの多かった花角は、はじめは衣服などの文様として使用されたのち、家紋が誕生しました。

花菱

花菱は、4つの花弁の花を菱形に描いたものです。「花角」にも似ていますが、方形ではなく菱形であることが見分けのポイントです。

花菱紋は元々「唐花紋」をアレンジして誕生したものですが、最終的には花菱紋として独立し、広く認知されるようになったものです。

平安時代には衣装や調度品の装飾に使用されるようになり、その後家紋にも用いられました。清和源氏の流れを汲む武家に使用者が多く、江戸時代になると多くの商人が花菱紋を使用しました。

甲斐武田氏が家紋に用いたのが有名で、武田菱と言われています。他の使用者には、勝海舟、五島氏、柳沢氏、秩父氏、河越氏、板倉氏、松前氏などがあります。

薔薇

薔薇は現在でも沢山の人に愛される花の一つですが、「ばら藤に井桁」という家紋を用いていた者がいました。

家紋の中には、桜や菖蒲、牡丹など様々な花をモチーフにしたものがありますが、「薔薇紋」というものは存在していません。藤棚で知られる「藤紋」の中の一つとして、ばら藤をモチーフにしたものがありました。

片倉小十郎が使用し、両側に左右対称に広がった花の中に「井」というモチーフが入っています。これは井桁と言い、井戸の周りを囲む枠のことを指します。独立して「井桁紋」がありますが、「ばら藤に井桁」は藤紋に分類されるのです。この家紋は他に使用された記録がなく、片倉家のみが使用していたと言われています。

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柊はモクセイ科の常緑小高木で、葉にトゲがあることから平安時代には魔除けとして使用されていました。柊という名は、このトゲに触れるとヒリヒリと痛むことから「ひいらぎ」となったと言われています。

柊は文様として用いられることは少なかったものの、魔除けとして知られていたため、その効力にあやかろうとして家紋に用いる家が増えました。

一枚から数枚の柊の葉を描いており、丸に一つ柊、向かい合った抱き柊、4枚の葉で円形を描いた四つ追い柊、柊の実も添えた市の橘柊、3枚の柊が一体化した三つ柊などがあります。

使用者はに、林氏、山本氏、水橋氏などがあります。

瓢とはひょうたんのことで、かつては水や酒を入れる容器として使用されていたほか、神霊が宿り、魔除けや開運に効果がある植物とされていました。また、子孫繁栄の意味も持っており、縁起の良いものとして扱われていました。瓢紋は「瓢箪(ひょうたん)紋」とも言います。

家紋としては豊臣秀吉が「一つ瓢箪」を馬印に用いたことがきっかけとなって普及し、その後家紋に使用する家が増えたと言われています。

瓢紋はくびれた形に愛嬌があることも人気の要因で、1つから8つほどの瓢箪を用いた家紋があります。丸の中に一つ瓢や、三つ追い瓢、割り瓢菱、八つ瓢車、何個もの瓢に見せた千成り瓢などです。使用者は秀吉の他に、木下氏や中村氏です。

瓢箪

瓢箪は、かつては水や酒を入れる容器として使用されていたほか、神霊が宿り、魔除けや開運に効果がある植物とされていました。また、子孫繁栄の意味も持っており、縁起の良いものとして扱われていました。瓢箪紋は「瓢(ひさご)紋」とも言います。

家紋としては豊臣秀吉が「一つ瓢箪」を馬印に用いたことがきっかけとなって普及し、その後家紋に使用する家が増えたと言われています。

瓢紋はくびれた形に愛嬌があることも人気の要因で、1つから8つほどの瓢箪を用いた家紋があります。丸の中に一つ瓢や、三つ追い瓢、割り瓢菱、八つ瓢車、何個もの瓢に見せた千成り瓢などです。使用者は秀吉の他に、木下氏や中村氏です。

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牡丹

牡丹は中国原産の花で、百花の王として最も高貴な花とされてきました。8世紀頃に日本に伝来し、貴族の筆頭である藤原氏の家紋として用いられて平安貴族に好まれました。

貴族の中では家紋以外にも衣服や牛車の文様としても牡丹紋が使用されていたほどです。やがて摂関家の近衛家や鷹司家の家紋となります。

江戸時代になると武家の間で多く用いられるようになり、摂津多田源氏の一族に多く用いられました。家康の菊紋、葵紋についで威厳のある紋として扱われ、後に使用が限られます。

公家では他に難波氏、武家では秋田氏、津軽氏などが使用者となっています。

松は針葉樹の高木で、松竹梅の一つでもあるめでたく縁起の良い植物です。長寿吉祥のシンボルとして扱われ、現在でも門松飾りに使用されています。

文様としても使用が多く、若木を描いたものは若松、葉を櫛形に描いたものを櫛松と呼ばれていました。

その後家紋に用いられるようになり、一般的に松紋は威厳ある紋として知られていました。バリエーションも豊富で、丸に一つ松、三つ割り若松、六つ若松車、抱き若松、右寄り三階松、丸に立ち若松など様々です。

使用者は、江戸時代では大名の永井氏、西尾氏などです。家紋は名字にちなんでその漢字が入った紋を使用することが多かったのですが、松平氏に関しては松紋を用いず蔦紋を使用していました。

楓は、その葉の形がカエルの手に似ていることから「カエルデ」が「カエデ」になったと言われています。楓はその葉の色の変化の美しさから、平安時代から「紅葉の賀」が行われていました。今でも紅葉を見て楽しむ「紅葉狩り」が行われています。

また、楓紋は「カエデモン」とも「モミジモン」とも呼ばれています。平安時代から貴族の間で衣服の文様として用いられ、その後家紋になったと言われています。

楓紋の使用家は、公家の今出川氏、源義光流の市川氏、桓武天皇の4世平良文流の高山氏、日下部氏流の八木氏などががあります。近代の有名人では、福沢諭吉がこの楓紋を使っていました。

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桃は古来、実を食べると魔除けになるとされていました。3月の季節行事でもある桃の節句は、もともとは魔除けや邪気祓いの意味で始まったものです。

家紋には梅紋や桜紋など、同じ春に花を咲かせるものがありますが、桃紋が梅や桜と違うのは「花」ではなく「実」をモチーフにしているところです。真ん中に線の入ったデザインで、ふっくらとした滴のような形をしています。

邪気祓いなどの信仰的な意味から家紋に用いられたと言われています。一つや複数の桃を使用したものがあり、丸に一つ桃、葉付き三つ桃、枝抱き桃などの種類があります。

このように幾つか種類はあったものの、神社の神紋として用いられた例以外あまり使用例はありません。

百合

百合はユリ科の多年草で、大きな白い花を夏に咲かせる植物です。香りも良い百合ですが、根っこは食べることができるという意外な一面を持っています。また、球根は生薬としても使用されてきました。

百合紋は大きな百合の花を一輪描いたものや、葉や茎なども織り交ぜたデザインのものがあり、一番シンプルである百合の花、枝で円形を描きその中に花を入れた百合の枝丸、立ち百合、桑名松平百合などの種類があります。

高瀬氏や西田氏によって家紋に用いられていました。

中国では、蘭、竹、菊、梅の四種を「四君子」と呼び草木の中の君子として称えています。日本には古く奈良時代に中国から入り、鑑賞花として広まりました。『日本書記』にも蘭についての記述が残っています。

蘭は異国情緒のある花で豪華な雰囲気のする花ですが、あまり一般的な花ではないため、家紋の種類や使用している家もあまりありません。

蘭紋には花のみをモチーフにしたものと、花と葉で構成されてものがあり、具体的には一つ蘭、三つ割り蘭、裏蘭、向かい蘭菱、横見蘭、抱き蘭の丸、変わり三つ割り蘭、向かい裏蘭菱、蘭蝶、対い蘭菱などがあります。辻氏、奥山氏、上里氏などが使用しました。

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龍胆

龍胆は、青紫色の花を咲かせ山野に咲く多年草です。日本では古くから親しまれ、万葉集にも登場しています。

平安時代に文様として用いられるようになり、主に衣装や調度品、牛車などに使用されていました。家紋としては同じ平安時代に村上源氏の一族に用いられ、源義経や木曽義仲などにも使用されました。その後江戸時代では清和源氏と関係のある全ての武家が使用していたと言われるほど広く浸透しています。

龍胆紋は全国各地で使用された家紋で、華やかなものも多く、久我龍胆や蔓笹龍胆、池田三つ龍胆などがあります。

連翹

連翹はモクセイ科の落葉低木で、原産は中国です。春に小さな黄色の花を咲かせるのが特徴ですが、家紋上の連翹は実物の連翹とはやや異なっています。

連翹紋は登場が遅く、江戸時代から使用されるようになりました。3つの花と蔦で構成される華やかな紋ですが、使用例は少ないようです。

連翹紋は「連翹たすき紋」とも呼ばれていました。また、戸田氏が用いた連翹紋は戸田連翹と呼ばれ、正親町三条家が用いたものは正親町と呼ばれました。他に千葉市や姉小路氏も使用しています。

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