自然紋まとめ11選!家紋の種類一覧で解説

稲妻

稲妻は稲の豊作をもたらすと信じられ、室町時代から家紋に用いられるようになりました。稲妻紋は黒い四角形や三角系、菱形にぐるぐると直線の渦を巻いたような模様で、シンプルな平稲妻や丸に稲妻、立体的に見える三つ寄せ稲妻などバリエーションは豊富です。 古くから建築や陶器、木彫、金工などに用いられていましたが、その独特な模様から呪符の家紋のイメージがあり、家紋として用いられたのは少数と言われています。 公家である山科家では代表紋として用いられていました。武家では神社関係の家が多く、御手洗家、武田家、中島家などです。藤原南家河津流の伊東家には、功績をあげ戦士したことを知った信長が付与したと言われています。

朧とは、月の光のぼんやりとした様子を表す言葉です。「月」と「龍」を合わせた漢字でおぼろと読みますが、龍の誰も見たことのないはっきりとしない様を表すために生まれた字ではないかと言われています。しかし、現代の中国語で「朧」は月が輝く様子を表します。

そんな朧を用いた紋は、左右の雲に月が隠れた様子を描いています。形のない朧は色々な形で表現され、家紋では崩し朧蔦、朧梅輪、朧花菱、朧州浜、朧輪、大関朧月、朧蔦、地抜き朧梅輪など、種類は様々あります。

使用例は少なく、実際に家紋として使用していた家はあまり無いようです。

霞は自然減少の一つで、霧のように細かな水滴が漂い、ぼんやりとして景色が見えにくくなるものです。このようなはっきりとした形ではないものが、家紋では「王」の文字のようなモチーフになり表されています。

家紋として戦国時代に用いられていたものの具体的な使用例はあまり残っておらず、そこまでポピュラーな家紋ではありませんでした。

しかし日本の気候は霞が出現することが多く、古くから絵巻物などで時間の経過や遠近感、事柄の転換などを表現するために霞が頻繁に用いられていたそうです。

霞紋には、霞、春の霞をイメージした春霞、霞の前に月が置かれた月に霞、黒い丸の中に白いモチーフの入った石持ち地抜き霞などがあります。

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雲は、古代中国ではその色や動き、形などで占いをしていたと言われています。また、雲は雨を呼ぶため豊作をもたらす縁起の良いものとして、早くから文様に用いられていました。

そのような風習ができ、瑞雲と呼ぶ文化が日本へ伝来したのは飛鳥時代です。文様として広く普及したのは奈良時代で、仏教の普及と共に浸透しました。

家紋に使用されるのはごく稀で、寺社の門として京都の東大寺や、武蔵国一宮氷川神社で用いられています。

雲紋は雲を使って円形状にしたものが多く、一つ雲、雨雲、五つ雲、半月に雲、総陰月北斗星などの種類があり、雲の様子を表しています。

望月氏や曽我氏、佐脇氏が使用していました。

州浜

洲浜は、浜辺にできる島型の洲のことを指します。文様には平安時代から取り入れられて慶賀の祝いの際に用いられ、江戸時代には婚礼の飾りにもなっていました。家紋に使われるようになったのはその後で、縁起が良いとされていました。

洲浜紋は丸を3つ組み合わせた構成のものが多く、関東地方でかなりの数の家に用いられていました。丸に洲浜、頭合わせ五つ洲浜、陰洲浜など、洲浜自体はシンプルなものの、アレンジによってバリエーションは豊富に存在しています。

洲浜紋の代表的な使用者は小田氏です。小田氏やその他の使用者を見ると「巴紋」の使用者と重なりますが、これは巴紋を用いる宇都宮氏と祖を同じにしているためと言われています。

月は古くから親しまれた自然神で、平安時代の竹取物語でも登場する馴染みある存在です。

戦国時代の伊達政宗など武将も月を進行し、信仰心が元となり家紋に用いられるようになったと言われています。

月紋は有名で、浄土宗の宗紋にも使用されています。月は形を変えますが、家紋も同じように三日月や満月など大きさは様々です。

月だけをモチーフにした半月、月輪、陰月、三日月や、他のモチーフと組み合わせた月に兎、月に雲、月落ち桜、半月に雲、波に月に兎などアレンジは豊富で、家紋の中では意匠が美しいものとされています。

使用者には佐竹氏、丹治氏、中山氏、黒田氏、天野氏、岩城氏、渡辺氏などがあります。

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浪は古くから絵巻物などによく登場する文様ですが、家紋としては珍しいものでした。浪の壮大さや水の神、海の神を想像するものとして武士の間で用いられたと言われています。

現在の茨城県である常陸国で勢力を発揮していた大掾氏の一族、小栗氏が浪紋を使用しました。また、戦国武将である斎藤道三の肖像画に描かれた「二頭立浪」が有名です。

浪紋は穏やかな浪、激しく立つ浪など浪の具合が様々で、立ち浪、向かい浪、浪の丸、渦巻き浪、三つ浪巴などの種類があります。

他の使用者には松田氏、大木氏、平井氏などがあり、現在では茨城県や千葉県、愛知県などで多く見られます。

日足

日足とは、太陽と太陽から出る光の線のことを指します、日足紋はその様子を図案化したもので、太陽信仰から誕生したのではないかと言われています。太陽は古来から世界中で信仰の対象とされいました。

日足紋は「日の丸紋」とも呼び、武田信玄、上杉謙信、夢野久作などに使用されていました。北九州でよく用いられ、現在でも九州で見られる家紋です。

日足紋の光を表す部分である足は6本や8本など様々で、六つ日足、八つ日足、八つ変わり日足、十二日足、鍋島日足、旭光などの種類があります。

使用者には、高木氏、上妻氏、草野氏、勝屋氏などがあります。はじめて日足紋を使用したのは龍造寺氏であると言われています。 

星/九曜

星は、運命を司るものとして信仰されてきました。決まった軌道で移動するため、狩猟や航海の際には位置がわかるものとして、農業では季節がわかるものとして古くから人々に活用されてきました。

星は文様として扱われるようになり、やがて家紋にも用いられるようになりました。

星といえば★型が現代では一般的ですが、当時の星模様は●で表されます。一つではなく複数の●で構成されたものが主流でした、武家の使用者として代表的なのは千葉氏で、月星紋を使用していました。星紋は全国的に広まって庶民の間でも用いられたそうです。

また、三つ星=勝ち星を表し、戦いに挑む武家の間でも人気の紋となっていました。

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日本では、山と海それぞれに対する進行が古くからありました。祖霊のいる聖地として扱われ、全ての山ではなく特に美しい山や高い山がその対象とされていました。

山の種類が沢山あるように、山紋も山の種類がそれぞれ存在しています。阿蘇山紋、霧島山紋など様々ですが、中でも一番人気であったのは富士山紋です。

特定の山を使用しない山紋も多く、三つの山を使い合わせた三つ山、三つを重ねた三つ違い山、六角形の枠型をした六角山、距離感を表した三つ遠山などバリエーションひ豊富です。

使用者は、名字にちなんで山川氏、山本氏、山下氏、山崎氏などで、それ以外では未勘源氏の吉田氏、藤原氏流の池原氏、丹治氏流の青木氏などです。

日本では古くから、雪は豊作の前兆として貴族から庶民まで幅広い階層で親しまれてきました。

室町時代に雪の結晶を描いた雪の文様が誕生し、その後家紋として扱われるようになったのは江戸時代以降と言われています。家紋としての使用例は少ないものの、雪紋は縁起が良いとされる家紋でした。また、雪をモチーフにした家紋に「雪輪」があり、これも江戸時代に登場しています。

雪紋は雪の状態を表現したものが多数あり、初雪、曇り雪、春の雪、吹雪、氷柱雪、雪花など優美です。使用者には、長井氏や佐藤氏があります。

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