花の家紋まとめ19選!家紋の種類一覧で解説

花の家紋まとめ19選

藤紋

藤はマメ科のつる性落葉木本で、淡い紫色の花を咲かせ華やかな藤棚を作ります。古くから観賞用の花として親しまれ、繁殖力の強さから、めでだいとされる縁起の良い植物です。 藤原氏が藤紋を用いたことで武家や庶民の家紋にも使用され、江戸時代には幕臣約160の家紋となったほど代表的な家紋です。石田三成や大久保利通も藤紋を使用していました。 使用者は、公家では一条家、二条家、九条家、武家では本願寺氏、大久保氏、片倉氏、黒田氏、新庄氏です。また、「藤」の付く名字にちなんで安藤氏、加藤氏、内藤氏、藤井氏、佐藤氏なども使用しています。 特に藤の葉を左右に伸ばし円型に描く藤丸や、十字形の八つ藤が人気となっていました。

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葵紋

葵紋は加茂神社がルーツとされ、徳川家の家紋として江戸時代に使われていました。将軍家の権威を表す勲章として用いられ、家康が使うようになってからは徳川家以外の使用はご法度とされていたほどです。

葵は神聖な植物として扱われ、立ち葵、二葉葵、水に立ち葵、剣に二葉葵、尻合わせ三葉葵など様々な葵紋がありました。

家康は戦国前期頃に三つ葵を使用し、加茂神社の二葉葵をアレンジしたという説があります。

家康は家康が新田一族の徳川に復姓してからも葵紋を使い続け、新田源氏を汲む加茂神社の氏子として権威を示すために葵紋にしたとも言われています。

水戸黄門の「目に入らぬか」のシーンで持っているのも葵紋です。

桔梗紋

桔梗は、徳川時代に大名家や幕臣の多くが用いた家紋です。桔梗は秋の七草でもある花を咲かせる多年草で、家紋は全て5つの花弁が描かれています。 桔梗家紋は15種類以上もあり、中でも明智光秀は特定の水色で彩色することが定められた桔梗の家紋を使用していました。その家紋の旗を立て本能寺で信長を襲い自害に追い込みました。それゆえ桔梗の家紋には「裏切り者のイメージ」が付き、武士の中には家紋を変更した者もいました。 また、桔梗は清和源氏や土岐氏代表紋でもあります。鎌倉幕府御家人でもある土岐光衝は戦いの陣内で野に咲く水色の桔梗を見つけ、兜に付けたところ対勝利を得たことから縁起の良い花として好み、家紋に用いました。

菊紋

菊は中国から平安時代中期に渡来した植物で、家紋としては花弁の枚数が異なるものや茎、葉も混ぜたものなど多彩なデザインがありました。 藤原氏の時代から用いられ、後鳥羽上皇が愛したことから次第に天皇家の家紋として定着し、臣下に下賜されました。 室町時代には武家の間でも使われるようになりましたが、明治時代には権威が高まったことにより天皇家以外の使用は法令で禁じられました。 菊紋の使用者は多く、木戸孝允、楠木正成、西郷隆盛などがいます。西郷隆盛は功績によって明治天皇から家紋を下賜され、天皇を表す中央の菊に補佐せよとの意味が込められた葉が左右に配置された「抱き菊の葉に菊」となっています。

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桜紋

桜は古くから日本の代表的な花です。平安時代頃から模様として桜の花が用いられるようになり、武家は武具の装飾などに、公家は調度品や装束などに使用していました。

家紋として用いられるようになったのは江戸時代からで、使用者はあまりいなかったと言われています。特に武家の間での使用は少なく、桜は花が散るのが早いため「短命」を意味することが理由となっています。

しかし京都や東海地方の者や大名には好む者が多く、使用家には桜井松平氏、肥後の細川氏、仙石氏などがあります。また、名字にちなんで花木氏、桜井氏、吉野氏にも用いられていました。

デザインは1つの桜を使ったものや、いくつかの桜を入れた綺麗なものもあります。

梅紋

梅は、万葉集の中で8世紀になってから歌が見られようになったため、7世紀後半までに大陸に渡った遣隋使や遣唐使、僧侶が苗を持って帰り、その後普及したものと考えられています。万葉集が編纂された奈良時代のお花見というと桜ではなく梅でした。

日本では奈良時代にはすでに紋様として使われていました。また、梅と云えば天神様と関わりが深く、たいていの天神様の境内には梅が植えられています。

梅の紋様には、大別して2つあり、写実的に梅の花を表現した梅花紋と、幾何学的に表現した梅鉢紋があります。

戦国時代には美濃の斎藤氏などが梅紋を使用し、徳川時代には前田氏、松平氏など多くの家が使用していました。

蓮紋

蓮は、インド原産のハス科の植物で、水の中に生えるのが特徴です。古来より仏教やヒンドゥー教では「神聖な植物」として扱われていました。

日本には中国を通じて伝来し、家紋となった正確な理由については判明していませんが、仏教信仰によるものではないかと考えられています。

レンコンは蓮の根でもあるため、蓮紋は「蓮根紋」とも言われています。花を描いたものや花に加え葉を描いたものがあり、中輪に蓮の花、丸に蓮の葉、割り蓮の花などの種類があります。

苗字に「蓮」の付く蓮見氏や蓮井氏、蓮田氏、蓮沼氏などの家紋に用いられ、その他の使用例はあまりありません。家紋の中では珍しいものとなっています。

牡丹紋

牡丹は中国原産の花で、百花の王として最も高貴な花とされてきました。8世紀頃に日本に伝来し、貴族の筆頭である藤原氏の家紋として用いられて平安貴族に好まれました。

貴族の中では家紋以外にも衣服や牛車の文様としても牡丹紋が使用されていたほどです。やがて摂関家の近衛家や鷹司家の家紋となります。

江戸時代になると武家の間で多く用いられるようになり、摂津多田源氏の一族に多く用いられました。家康の菊紋、葵紋についで威厳のある紋として扱われ、後に使用が限られます。

公家では他に難波氏、武家では秋田氏、津軽氏などが使用者となっています。

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百合紋

百合はユリ科の多年草で、大きな白い花を夏に咲かせる植物です。香りも良い百合ですが、根っこは食べることができるという意外な一面を持っています。また、球根は生薬としても使用されてきました。

百合紋は大きな百合の花を一輪描いたものや、葉や茎なども織り交ぜたデザインのものがあり、一番シンプルである百合の花、枝で円形を描きその中に花を入れた百合の枝丸、立ち百合、桑名松平百合などの種類があります。

高瀬氏や西田氏によって家紋に用いられていました。

菖蒲紋

菖蒲は「あやめ」や「しょうぶ」と読みます。邪気払いの植物として知られ、中国から伝来した「端午の節句」という行事には欠かせないものでした。

平安時代から文様に使用されるようになり、その後家紋にも用いられたものの使用例は少なく、あまり有名ではありません。

菖蒲紋には、丸に菖蒲革や、細い丸を使った糸輪に菖蒲革などがあります。菖蒲革とは馬具や武具の革に付けられた菖蒲模様を指し、戦勝を祈願する意味が込められていました。

家紋として用いられることは多くなかった菖蒲紋ですが、陶器などの焼き物の絵柄として広く好まれています。

薔薇紋

薔薇は現在でも沢山の人に愛される花の一つですが、「ばら藤に井桁」という家紋を用いていた者がいました。 家紋の中には、桜や菖蒲、牡丹など様々な花をモチーフにしたものがありますが、「薔薇紋」というものは存在していません。藤棚で知られる「藤紋」の中の一つとして、ばら藤をモチーフにしたものがありました。 片倉小十郎が使用し、両側に左右対称に広がった花の中に「井」というモチーフが入っています。これは井桁と言い、井戸の周りを囲む枠のことを指します。独立して「井桁紋」がありますが、「ばら藤に井桁」は藤紋に分類されるのです。この家紋は他に使用された記録がなく、片倉家のみが使用していたと言われています。

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朝顔紋

朝顔はヒルガオ科の一年草で、奈良時代〜平安時代に遣唐使によって渡来し、初めは種子が下剤や利尿剤などの薬として使われていました。

その後園芸品種として改良され、広く普及しました。家紋として用いられたのは遅く、明治時代以降と言われています。

朝顔が園芸品として普及する前は、朝顔の紋様には、丸に一つ朝顔、外に広がる五つ朝顔、丸の中に外に広がる六つ朝顔、蔓丸の中に朝顔などがあります。

明治以降は家紋に用いられるようになったものの、短い時間のみ花を咲かせる朝顔は「儚い」とされ、家紋としてはあまり発達することはありませんでした。

杜若紋

「いずれ菖蒲(アヤメ)か杜若(カキツバタ)」という言葉を聞いたことがあると思いますが、こらは「どちらがアヤメかカキツバタか見分けることは難しくて、どちらも優雅で美しい」という意味です。

杜若は湿地に自生するアヤメ科の多年草で、春には紫色の花を咲かせます。

平安時代には、衣服や輿の装飾に使われていたものが公家で家紋に使われるようになりました。美しさを表しているこの家紋は、強さを誇る武家には用いられず、公家で用いられていました。

使用家は、花山院流の中山家、野宮家、今城家。徳川時代には平維将流の高力氏、清和源頼親流の幸田氏、藤原氏支流の小浜氏などで、京都府で多く用いられました。

椿紋

椿は日本原産の常緑樹で、古くから油や炭などの材料となっていました。また、観賞用として花道や茶道の場でも使用され、華やかなことから陶磁器や染織り物の文様としても使用されていました。 美しく人気な花ではありましたが、椿の花はポトリと落ちることが不吉とされ、大名の間では家紋に使用されることはあまりありませんでした。 椿紋には頭合わせ三つ椿や、三つ椿車、丸に一つ椿などの種類があり、名字にちなんで椿氏や、山脇氏、小沢氏に用いられていました。また、椿油の産地である紀伊大島では、家紋に使用している島民も多いようです。 大名間では椿紋は人気が無かったものの、日本橋水天宮の神紋としても椿紋が用いられています。

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蘭紋

中国では、蘭、竹、菊、梅の四種を「四君子」と呼び草木の中の君子として称えています。日本には古く奈良時代に中国から入り、鑑賞花として広まりました。『日本書記』にも蘭についての記述が残っています。

蘭は異国情緒のある花で豪華な雰囲気のする花ですが、あまり一般的な花ではないため、家紋の種類や使用している家もあまりありません。

蘭紋には花のみをモチーフにしたものと、花と葉で構成されてものがあり、具体的には一つ蘭、三つ割り蘭、裏蘭、向かい蘭菱、横見蘭、抱き蘭の丸、変わり三つ割り蘭、向かい裏蘭菱、蘭蝶、対い蘭菱などがあります。辻氏、奥山氏、上里氏などが使用しました。

梔子紋

梔子は初夏に香りの強い花を咲かせる植物で、実が熟しても口が開かないことから「口無し(くちなし)」と名付けられました。園芸用として栽培され、収穫した実は漢方薬や生薬の原料となっていました。 後に家紋として用いられるようになります。6枚の花弁をそのままデザイン化したもので、一目で花とわかる綺麗な紋です。花全体をモチーフにした梔子、石持ち地抜き梔子、三つ横見梔子や、複数の花の一部を合わせて円形にした三つ割り梔子、陰三つ割り梔子などがあります。 このように梔子紋には幾つかの種類があるものの、発祥の由来や使用家は不明となっているミステリアスな家紋です。

撫子紋

撫子はナデシコ科の植物で、秋の七草の一つです。現在も「大和撫子」という言葉があるように、日本人によっては馴染みのある植物です。 撫子紋は、中国から伝来した唐撫子(石竹)をベースに紋化したもので、花を描いたものが多いのが特徴です。中には花と合わせて葉や茎を描いたものもあり、枝撫子や葉付き撫子と呼ばれます。 花のみを描いたものは、糸輪に豆撫子、丸に撫子、三つ割り撫子、山口撫子、雪持ち地抜き撫子などがあり、武家である秋月氏が使用していたものは秋月撫子、美濃の斎藤氏が使用していたものはシンプルに撫子と言います。 武家に多く用いられた撫子紋は、石川県や岐阜県、長野県に多く見られます。

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水仙紋

水仙はヒガンバナ科の多年草で、白や黄色の花を咲かせる植物です。中国の「水仙」を音読みしたもので、西洋では神話にも登場する花で、海外では「希望の象徴」とされています。 古くに家紋として用いられた記録は無く、明治時代以降に水仙紋が登場したと言われています。 水仙紋は花を大きく描いたものや、茎や葉を入れたものなどがあり、抱き水仙、抱き水仙に三つ鱗、変わり水仙の花、葉敷き向こう水仙など種類は様々です。 明治時代以降に確認された主な使用家には、河津氏や足利氏があります。

菫紋

菫は、古くから身近で可憐な春の花として親しまれていました。「すみれ」という名前は、花の形が大工道具である「墨入れ」に似ていたことが由来しています。菫は春先に紫色の花を咲かせるスミレ科の植物です。 菫紋には花や茎、葉などを入れ全体を描いたものが多く、一つ菫、2本の菫を使用した抱き菫、三つの菫で円形を描く三つ葉菫、車輪のようなデザインの菫車、1本の菫が大きく葉を広げた菫胡蝶などの種類があります。 長州藩の毛利氏の替紋として用いられていた他、中尾氏や増山氏などにも用いられていました。

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