家紋の漢字クイズ10問!いくつ読めるかな?

家紋のなかには普段の生活では登場しない難しい読み方をするものがいくつかあります。植物紋や器物紋など、様々なカテゴリーの難しい漢字の家紋を集めてみました。

いくつ読めるか、家紋漢字クイズに挑戦してみましょう!

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【第1問】片喰紋は何と読む?

片喰紋

【答え】かたばみもん

片喰はカタバミ科の多年草で、道端などに生えている小さな葉の植物です。繁殖力や生命力の強さから「子孫繁栄」の意味を持ち、古くから公家や武家の家紋に用いられていました。

鎌倉時代には家紋として車に使用されていたことがわかっています。家紋への使用例が非常に多く、特に徳川時代に急増しました。

江戸時代に家康が葵紋を使用したことで、葵紋は使用が禁じられましたが、その際に葵紋から片喰紋に切り替える者も多くいました。その当時、約160家が片喰紋を使用していたこともわかっています。 公家の使用者は冷泉家、大炊御門家、武家では酒井氏、森川氏、成瀬氏、宇喜多秀家、長宗我部氏などです。

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【第2問】木瓜紋は何と読む?

木瓜紋

【答え】もっこうもん

木瓜とは中国で官服などに付いていた文様が、日本に伝来し社殿の御廉に用いられるようになったものが文様化したものです。木瓜は子孫繁栄を表し、縁起のよいものとされてきました。

瓜紋は子孫繁栄を願う紋で、特にマクワウリが用いられていました。 瓜の中で有名なのは、織田信長の「織田瓜」で、全体として花に見えるデザインをしています。

その他の多くの武家にも用いられ、茨城県や埼玉県などの関東地方で見られる家紋です。バリエーションは非常に豊富で、小野寺氏、大村氏、有馬氏、菌田氏、苅部氏などに使用されていました。

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【第3問】沢瀉紋は何と読む?

沢瀉紋

【答え】おもだかもん

沢瀉が家紋に使用されていたのは、その葉の形が槍の先のように見えるためです。葉の先がとがっているために、たくさん生えているとたくさんの矢が空を向いているように見え、その様子が「勝ちを呼ぶようだ」と言われたのです。それが縁起がいいとされ、自然に武家の家紋に使用されるようになりました。

あの毛利元就も、戦場で沢瀉の葉にトンボが止まったのを見て「勝てる」と確信。実際にその戦は元就の勝利となり、毛利家ではここから沢瀉紋を使うようになります。

沢瀉を見て「槍のように見える」と思うほどに、武将たちは「勝ち戦」にこだわったとも言えますし、葉の形を槍に見立てるという繊細さも伺える…沢瀉紋には、武士たちの色々な表情が見えますね。

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【第4問】桔梗紋は何と読む?

【答え】ききょうもん

その昔、桔梗の花は「吉凶を占う花」として使われていました。花を投げ、それを見て運勢が吉なのか,凶なのかを占ったのです。「吉凶」という言葉は、やがて「キキョウ=桔梗」となり、花の名前として根付いていったのです。

運命なのか、それとも偶然なのか。桔梗の花はやがて多くの武将たちの家紋となり、そして桔梗紋を使った武将たちは運命的な最期を遂げることになります。元々は、美濃(現在の岐阜県)に一大勢力を築いた「土岐氏」が使用していた家紋です。

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【第5問】車前草紋は何と読む?

【答え】おおばこもん

植物が家紋に用いられる例は大変多いですが、車前草もその一つです。オオバコと読みますが他に「大葉子」とも書きます。道端に生える大きな葉の草、オオバ。それに、どじょっこだのふなっこだのように、北海道や東北地方の言い方で言葉の後ろに「こ」が付いたものと言われています。

車前草という当て字が使われているのは、馬車や牛車が通る路傍に生えているところから来ました。俳句では、花が咲く夏の季語になっています。踏まれても力強く花を咲かせる逞しい草で、葉や種子は、咳止めや健腸作用などがあります。

平安時代には、征夷大将軍坂上田村麻呂家で家紋として使用されました。また、薬効があることから医家で使われていました

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【第6問】鐶紋は何と読む?

【答え】かんもん

鐶は、タンスや茶釜、手箱などの引き手部分に用いられる金具を指します。現在ではあまり見ないタンスのデザインですが、かつではこのような持ち手のタンスが一般的でした。

紋としての誕生は不明とされていましたが、幾つかの鐶を組み合わせて構成されたり、他の紋と合わせて使用されていました。 藤原氏流の松波氏や、清和源氏流の北村氏などが使用していました。

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【第7問】轡紋は何と読む?

【答え】くつわもん

轡(くつわ)は、馬の口に装着する金具を指します。手で引く縄を付けるための道具で、「口輪(くちわ)」が変化して「轡(くつわ)」になったと言われています。

轡紋は平安時代頃の轡をデザイン化したもので、そのほとんどに十字型が入っています。そのため「十字紋」にも見えますが、全くの別物になります。家紋としては尚武的な意味合いを持っても良いられることが多く、遠江の内田氏や、足利氏に仕えた大草氏が代表的な使用者です。

また、大草氏と同じ一族である下田氏、後藤氏、浅井氏も使用していました。 轡紋には十字が入っていることから、キリシタン弾圧の際にカモフラージュとして使用した家もありました。

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【第8問】久留子紋は何と読む?

【答え】くるすもん

久留子紋は別名「十字架紋」で、その名前の通り十字架をモチーフとした紋です。「くるす」という名前は、ポルトガル語で十字架を「クルス」と言うことに由来しています。

キリスト教の伝来と共に武士の間でも改宗する者が増え、それと同時に家紋として用いられるようになりました。久留子紋に似ている十字の入った「轡(くつわ)紋」をキリシタンがアレンジして誕生したのが久留子紋です。

しかし、キリシタンの弾圧により使用が禁止されましたが、他のモチーフと組み合わせて使用し続けるものもいたようです。 天草四郎や小西氏、小見川藩の内田氏などに使用されていました。

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【第9問】棕櫚紋は何と読む?

【答え】しゅろもん

棕櫚はヤシ科の常緑高木で、九州などの温かい地域に生息する幹の太い植物です。古代中国では戦いの「勝利のシンボル」とされ、日本では「神霊の憑代」として文様や家紋になりました。

室町時代の軍用記である「太平記」にも棕櫚紋が登場し、藤原氏支流の米津氏や、清和源氏支流の佐々木氏、富士氏などが用いました。

棕櫚は九州地方をメインに生息するものの、家紋がよく用いられたのは静岡県や愛知県です。また、富士山本宮浅間大社の神紋としても用いられています。

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【第10問】丁子紋は何と読む?

【答え】ちょうじもん

棕櫚はヤシ科の常緑高木で、九州などの温かい地域に生息する幹の太い植物です。古代中国では戦いの「勝利のシンボル」とされ、日本では「神霊の憑代」として文様や家紋になりました。

室町時代の軍用記である「太平記」にも棕櫚紋が登場し、藤原氏支流の米津氏や、清和源氏支流の佐々木氏、富士氏などが用いました。

棕櫚は九州地方をメインに生息するものの、家紋がよく用いられたのは静岡県や愛知県です。また、富士山本宮浅間大社の神紋としても用いられています。

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何問正解できましたか?

さて、あなたはいくつ読むことができましたか?普段見ることのない言葉や漢字が出てきたかと思います。

それぞれの家紋がどのような紋だったかは、各問題の下にあるリンクより確認してみてくださいね!

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