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本能寺の変|家紋で見る合戦シリーズvol.13

   

honnoji
天下統一を目前にしていた織田信長。しかし、その織田信長は「本能寺の変」だ織田信長に敗れ、この世を去ります。ここで信長が死んだことは、後の戦国時代やその時代を生きた武将たちに大きな影響をあたえました。戦国時代を語るには欠かせない「本能寺の変」についてまとめてみました。

●1分で分かる本能寺の変

・中国地方で毛利攻めをしていた羽柴秀吉

織田信長の命令で、秀吉は備中高松城の清水宗治と戦っていました。その援軍として、明智光秀を送ろうとします。

・「本能寺」にいた織田信長

自分も挙兵した信長は、京都の「本願寺」で休んでいました。しかし、その本能寺を明智光秀の軍勢が取り囲みます。

・「本能寺」にて信長は自害

応戦する信長ですが、光秀軍の攻撃に勝つことが出来ず、本能寺で自害。天下統一を目前に控えていた時の出来事でした。

本能寺の変

明智光秀に毛利氏と戦っている秀吉のサポートを指示

織田信長の家臣であった羽柴秀吉は、信長の命令で中国地方の毛利攻めをしていました。ところが、毛利軍の家臣・清水宗治が治める「備中高松城」はなかなか落ちず、苦戦。それを知った信長は、明智光秀を秀吉の援軍として差し向け、自分も中国地方を目指して挙兵しました。その途中に、信長は京都の「本能寺」というところに宿泊したのです。
織田軍(戦力約1,000人) 明智軍(戦力約13,000人)
大将 織田信長について織田信長 明智光秀の画像明智光秀
家紋 odamoko織田木瓜 kikyo桔梗紋
家紋解説

信長を大量の兵で取り囲んだ光秀

信長が「本能寺」にいることを知った明智光秀は、13000の軍で京都に向かいます。そして、夜に信長がいる「本能寺」を囲み、攻撃を開始。眠っていた織田信長は目を覚まし、明智光秀軍とたたかいます。

・織田木瓜

織田信長が使用してた家紋。日本に数多く存在する木瓜紋の中でも、特別に有名なのがこの家紋です。

・桔梗紋

明智光秀が使用していたのは「桔梗紋」という家紋です。明智光秀が織田信長を討ったことで、桔梗紋は「裏切りの象徴」のような扱いをされるようになってしまったようで、もともと桔梗紋を使用していた家も変えることがあったとか。幕末に暗殺される坂本龍馬も桔梗紋を使用していたため、「悲劇の家紋」と呼ばれることも…

自害を選んだ信長

明智光秀の攻撃の前に、次々と家臣たちが命を落としていきます。もはやこれまで、と悟った信長は、自害してこの世を去りました。本能寺は燃えてしまったため、信長の遺体は見つけることができなかったと言います。この戦いで、森蘭丸などの信長の家臣たちも命を落としました。

・父信長の敵討ちに出る信忠(タイトル通りにしてますが、信忠は敵討ちにいっていません…)

この「本能寺の変」ですが、実は織田信長の嫡男であり、織田家の当主でもあった織田信忠も亡くなっています。信忠は本能寺ではなく別の寺にいましたし、気づいた時には既に本能寺が明智軍に包囲されていたため、信長を助けることはできませんでした。家臣は逃げるように勧めましたが、信忠はそれを良しとせず「二条御所」というところに向かいます。そして、そこにいた皇族たちを安全な場所に避難させたうえで、自分は残ってやってきた明智軍と戦い、命を落としたのです。逃げることもできたのに、皇族を助けて討ち死にしたことは「さすが織田信長の子」と現代でも賞賛されています。

すぐに戻れなかった信長の優秀な家臣たち

・豊臣秀吉(羽柴秀吉)

中国地方の毛利を攻めで、備中高松城(岡山)の清水宗治と戦っていました。信長の死を知った秀吉は、その死を伏せたまま毛利側と交渉し、清水宗治の切腹を条件に講和。そして、切腹を見届けた後に「中国大返し」をして明智光秀のもとへもどり「山崎の戦い」で光秀を討つのです。

・柴田勝家

信長の重臣・柴田勝家は、上杉景勝と戦をしている最中でした。そのさなかに信長の死を知ったため、戻ろうと思ってもなかなか戻ることができませんでした。

・丹羽長秀

大阪で、四国の長曾我部元親を攻める準備をしていました。が、ここで信長の訃報を知ったために秀吉の軍に合流。共に明智光秀討伐に向かいます。

父・信長の敵討ちに出る信忠

信長の敵討ちは山崎の戦いへ

リンク→山崎の戦い

●まとめ

天下統一を目前にしていた織田信長と、その嫡男・信忠が死んだことは、織田家にとって大きな打撃でした。織田家は羽柴秀吉と柴田勝家が勢力争いを繰り広げるようになり、それに勝利した羽柴秀吉が「天下人」として天下統一を果たすことになります。が、織田信長の血は妹・お市の方の娘である江によって江戸時代以降も存続していますし、次男・信雄は戦国時代を生き抜き、その血筋を現在につなげています。信長の血は、今も確実に生きています。

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