【江戸幕府300藩】庄内藩の家紋は「丸に片喰」幕末最強!無敗の藩

庄内藩とは?

庄内とは山形県北西部の平野を中心とした地域を指します。日本海側に位置する鶴岡市、酒田市が二大都市として挙げられます。一級河川の最上川、標高2,236mの鳥海山といった美しい自然が広がっています。実は、お笑い芸人のウドちゃんの出身地でもあるんですよ。

庄内藩は長い間、酒井家が治めていました。家康を支えた徳川四天王の1人、酒井忠次が有名だと思います。名前を聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。

そんな庄内が江戸時代にはどういう藩だったのか見ていきましょう。

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庄内藩の基礎情報

石高 17万石
旧国 出羽(山形県)
居城 鶴岡城(鶴岡市)
藩主 酒井家
家紋名 丸に片喰
江戸城控間 大広間
国主
爵位 伯爵
藩主の変移

初代 酒井忠勝

最後の藩主 酒井正宝

酒井家が長く務めた異例の譜代藩

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引用:https://www.tsuruokakanko.com

初代藩主の酒井忠勝は、徳川四天王の1人、酒井忠次の孫にあたります。

最上騒動をきっかけに、酒井忠勝は信濃松前藩から13万8千石で庄内藩に移りました。その後、鶴岡城(現在は鶴岡公園となっています。)を拠点として栄えていきました。

庄内の藩主は、代々酒井家が受け継いでいくことになります。これは転勤族と言っても過言ではない、譜代大名には非常にめずらしい事例でした。

酒井氏の政治が多くの領民に認められる

庄内平野は米が豊富で、さらに酒田は日本海航路の中継地として成長を遂げていきました。それにより藩に大きな富をもたらし、領民との関係をうまく築いていったのです。

三方領知替えの取りやめを領民が幕府に直訴

1840年(天保11年)、庄内藩で「三方領知替え反対一揆」が起きました。この一揆は川越の松平氏を庄内へ、庄内の酒井氏を長岡へ、長岡の牧野氏を川越へ移すという幕府の命令に対し、藩主の酒井家が、越後の長岡へ替わるのを領民が強く反対したのです。地主なども参加し、庄内藩の領民は江戸へ直接出向き、領地替えの取り下げを求めました。

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庄内藩の家紋「丸に片喰」を解説

庄内藩の家紋は「丸に片喰です」

片喰(カタバミ)とは植物のことで、ハートの形をした葉を3つ合わせたようにしたのが特徴です。夜や天気が悪い時に、葉を半分閉じることから「片方噛んだ」ように見えることが由来とされています。一度根付くと、刈られても刈られても、また新しい芽を出すほど生命力が強いことから、「子孫繁栄」「家系の発展」という意味で、家紋として好まれました。

似たもので、「剣片喰」という家紋があります。これは武をイメージしやすいように剣を合わせています。映画監督で有名な黒澤明さんの家紋は「丸に剣片喰」だそうですよ。

片喰紋は日本5大家紋(そのほかには、桐・藤・木瓜・鷹の羽)の1つとされています。

すでに鎌倉時代の時から車に使われていたそうです。

長い歴史と想いの込められた家紋。武家にはとても縁起がいいものとして好まれていたのではないでしょうか。

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