【江戸幕府300藩の家紋】九州エリア35藩まとめ

九州地方といえば明太子や博多ラーメンなどの人気グルメや温泉地など観光地としてもとても人気ですよね。気候が暖かい地域ですが台風の通り道でもあります。江戸時代の九州地方はどんなところだったのでしょうか。さっそく探っていきましょう。

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幕府が甘く見た藩の政情と外国文化の先取り

九州の玄関口を任された小倉藩

幕府は関門海峡に小倉藩を設置し、小笠原忠真が西国譜代大名の筆頭として入部します。忠真は家康の外曾孫にあたり、大坂の陣で父と兄を亡くすも大きな功績をあげた播磨明石藩主です。

小倉藩は九州の玄関口を抑える役目を任されて、外様大名の監視にあたりました。九州地方統制のための「九州探題」です。しかし幕末には長州藩と戦うも小倉城を奪われるなど散々な目に。。。

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やりたい放題の藩政が生んだ争い

くせ者揃いの国が居並ぶ九州地方ですが、江戸時代最大の戦となった島原の乱は藩主による非道な悪政が原因とされています。幕府が藩主にすべて任せっきりだったため、過酷な年貢の取り立てが農民たちを苦しめました。

幕府が九州地方の政情を軽んじていたことが原因とひとつといっていいでしょう。これは幕末の動乱に関しても同じことがいえるかもしれません。

外国の文化にいち早く触れる

幕末において九州が特殊だったのは、鎖国中の日本で唯一、外国との交易が行われていたことです。出島は長崎奉行の管理下にありましたが、九州の諸藩は「長崎御番」として長崎港警備が命じられました。

異国人や外国情報に接する機会が多くなり、佐賀藩のように幕府に先駆けて洋学研究所を開校させるなど、独自の藩政改革を進めるきっかけをつくりました。こうした異文化の先取の気質が有力な藩を作り上げていったのかもしれませんね。

九州地方の35藩の家紋まとめ

その他にもたくさんの特徴があるのが九州地方です。今回は九州地方の全35藩の藩主の移り変わり、石高、江戸城控間、爵位、 これまでの歴史などをまとめました。

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黒田藤 鍋島杏葉 離れ九曜 丸に十の字
福岡藩 佐賀藩 熊本藩 薩摩藩
左三つ巴 祇園守 三階菱 丸に釘抜き
久留米藩 柳川藩 小倉藩 府内藩
重ね扇 三階菱 黒田藤 祇園守
島原藩 千束藩 秋月藩 三池藩
三階菱 鍋島花杏葉 鍋島花杏葉 鍋島花杏葉
唐津藩 蓮池藩 小城藩 鹿島藩
奥平団扇 丸に三つ葵 抱き沢瀉 折敷に揺れ三文字
中津藩 杵築藩 日出藩 森藩
中川抱き柏 折敷に三文字 丸に矢筈 丸に平戸梶
岡藩 臼杵藩 佐伯藩 平戸藩
丸に平戸梶 大村瓜 隅立て四つ目 丸に花菱
平戸新田藩 大村藩 対馬府中藩 福江藩
下がり藤 七宝に花菱 丸に十の字算木 庵木瓜
延岡藩 高鍋藩 佐土原藩 飫肥藩
離れ九曜 離れ九曜 長剣梅鉢  
高瀬藩 宇土藩 人吉藩  

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