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[歌舞伎]音羽屋の家紋「重ね扇に抱き柏」を解説!代表的な主な名跡・役者まとめ

   


 

 

 

 

尾上菊五郎

引用:http://otowaya.ne.jp/

音羽屋の由来

初代尾上菊五郎の父・半平は、京の都萬太夫座(みやこ まんだゆう ざ)付き芝居茶屋の出方を営んでいましたが、生まれたのが東山の清水寺にほど近い地だったため、その境内の「音羽の滝」にちなみ自らを音羽屋半平(おとわや はんぺい)と名乗っていたことから。

 

音羽屋の主な名跡

尾上菊五郎、尾上菊之助、尾上丑之助、尾上梅幸

尾上菊五郎

昭和17年(1942)10月2日、七代目尾上梅幸の長男として生まれました。23年4月新橋演舞場『助六曲輪菊(すけろくくるわのももよぐさ)』の禿(かむろ)で五代目尾上丑之助を名乗り初舞台を踏みます。二代目藤間勘祖と四代目藤間勘右衛門(二代目尾上松緑)に舞踊を師事。40年5月歌舞伎座『対面』の十郎ほかで四代目尾上菊之助を22歳で襲名。翌41年NHK大河ドラマ『源義経』に主演して広い人気を集め、若手花形の修業の場となった東横劇場での公演で、父梅幸が得意とした『勧進帳』の源義経や『藤娘』『京鹿子娘道成寺』などを手がけました。48年10・11月歌舞伎座『弁天娘女男白浪』の弁天小僧菊之助、『助六曲輪菊』の助六ほかで七代目尾上菊五郎を襲名します。

昭和60年代に入ってからは、女方から立役に比重を移し、『魚屋宗五郎』の宗五郎、『義経千本桜』の忠信など世話物、時代物を問わず、江戸の粋を体現する役者として評価を得ます。二代目松緑、父梅幸の没後は、菊五郎劇団を率いる。『雪暮夜入谷畦道』の直次郎、三千歳など、立役、女方の代表的な役をどちらも勤めることのできる兼ル役者としての地位を確立していきます。国立劇場では、『噂音菊柳澤騒動』(平成十六年)など、長く上演されてこなかった狂言の復活上演に力を尽くしています。古典を正統的に受け継ぐ仕事にも取組、平成19年2月に『仮名手本忠臣蔵』の通しで判官・勘平、3月には『義経千本桜』の通しで忠信を勤めています。また、蜷川幸雄演出の『NINAGAWA 十二夜』(平成17年初演)では、坊太夫(マルヴォーリオ)、捨助(フェステ)の二役を替わり、シェイクスピアの上演史のなかでも稀な舞台を創り上げました。

尾上菊之助

昭和52(1977)年8月1日生まれ。七代目尾上菊五郎の長男。59年2月歌舞伎座『絵本牛若丸』の牛若丸で六代目尾上丑之助を名乗り初舞台を踏みます。平成4年には祖父梅幸、父菊五郎とともに歌舞伎座で『京鹿子娘三人道成寺』を踊る。平成8年5月歌舞伎座『弁天娘女男白浪』の弁天小僧菊之助ほかで五代目尾上菊之助を襲名しました。平成17年には『NINAGAWA 十二夜』を実現させ、読売演劇大賞杉村春子賞、朝日舞台芸術賞寺山修司賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞など多数受賞します。
近年、『伽羅先代萩』の政岡、『摂州合邦辻』の玉手御前、『籠釣瓶』の八ツ橋など、女方の大役をつとめるとともに、『京鹿子娘道成寺』『春興鏡獅子』などの舞踊、また『魚屋宗五郎』『髪結新三』『大蔵卿』『義経千本桜』の知盛など、時代、世話問わず立役にも意欲的に取り組んでいます。平成29年には、インドの叙事詩「マハーバーラタ」を題材に『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』を新作歌舞伎として歌舞伎座で上演しました。

音羽屋の家紋について


家紋:重ね扇に抱き柏

読み方:かさねおうぎに だきがしわ


 

初代菊五郎が贔屓筋(信仰していた神社からという説もある)から扇にのせた柏餅を頂戴し、それを扇で受け取ったというエピソードにちなみます。

 - 歌舞伎の家紋