[歌舞伎]中村屋の家紋「角切銀杏」を解説!代表的な主な名跡・役者まとめ


十八代目 中村 勘三郎さんです。

引用:https://ja.wikipedia.org/

中村屋の由来

猿若勘三郎が寛永元年 (1624) に開場した江戸三座のなかで最も古い中村座の座号。

 

中村屋の主な名跡

中村勘三郎(十七代目以降)、中村勘九郎(五代目以降)、中村勘太郎(二代目以降)、中村長三郎(二代目以降)、中村七之助(二代目以降)

 

十八代目 中村 勘三郎

1955年(昭和30年)5月30日 – 2012年(平成24年)12月5日)は、歌舞伎役者、俳優。本名は波野 哲明(なみの のりあき)。舞踊名に藤間 勘暢(ふじま かんちょう)、猿若 勘三郎(さるわか かんざぶろう)がある。

歌舞伎役者としては江戸の世話物から上方狂言、時代物、新歌舞伎から新作など、幅広いジャンルの役柄に挑み続けたことで知られています。コクーン歌舞伎や平成中村座を立ち上げ、渡辺えりや野田秀樹、串田和美などといった現代劇の劇作家、演出家らと組んで、古典歌舞伎の新解釈版や新作歌舞伎の上演に取り組んだり、地方巡業や海外公演も精力的に行うなど、その演劇活動は常に進取的でした。

また現代劇にも積極的に出演し、特に長姉・波乃久里子や藤山直美・柄本明らと組んで出演した『浅草パラダイス』は長期にわたる人気演目でした。2006年(平成18年)には同じ顔合わせで『ヨイショ!の神様』にも出演しています。

父は十七代目中村勘三郎、父方の祖父は三代目中村歌六、母方の祖父は六代目尾上菊五郎で、長男は六代目中村勘九郎、次男は二代目中村七之助。妻・好江は七代目中村芝翫の次女で、日本舞踊中村流の二代目中村梅彌は義姉、九代目中村福助、八代目中村芝翫は義弟にあたる。また、次姉・千代枝の夫は二代目澤村藤十郎で義兄にあたります。また部屋子に生前「三人目の倅」と可愛がっていたという二代目中村鶴松がいます。

また同世代の歌舞伎役者とも交流が広く、自著でも名前を挙げ、特に懇意にしている役者としては十代目坂東三津五郎、坂東彌十郎らがおり、コクーン歌舞伎や平成中村座公演など自身の公演の脇役としても数多く起用するなど、その信頼は非常に高いものでした。しかし2012年(平成24年)、後述のとおり食道癌を発端として徐々に体調を崩していき、同年12月5日に急性呼吸窮迫症候群のため死去。2013年(平成25年)4月には新生・歌舞伎座こけら落としを控えていた歌舞伎界に在って、その牽引役の一人と目されていた十八世勘三郎の早逝は梨園に留まらず、各界各方面から「大きな損失」と惜しまれました。

 

六代目 中村 勘九郎

1981年10月31日 – は、歌舞伎役者、俳優。本名は波野 雅行(なみの まさゆき)。

父は十八代目中村勘三郎、弟は二代目中村七之助。父方の祖父は十七代目中村勘三郎で、母方の祖父は七代目中村芝翫。父方の伯母は女優の波乃久里子。六代目 尾上菊五郎は曽祖父で、二代目 尾上右近は再従弟にあたります。妻は女優の前田愛。義妹は女優の前田亜季。

1986年1月、歌舞伎座『盛綱陣屋』の小三郎役として初お目見得。翌1987年1月、歌舞伎座『門出二人桃太郎』の兄の桃太郎役として二代目中村勘太郎襲名初舞台。2012年2月、新橋演舞場で六代目中村勘九郎を襲名しました。

青山学院初等部・中等部卒業、高等部を中退し堀越高等学校に転校、卒業。東洋大学中退。

2017年2月の『二月大歌舞伎』にて長男が自身の初名である中村勘太郎を3代目として、次男が中村長三郎(三世中村勘三郎の幼名)を2代目としてそれぞれ襲名して初舞台を踏みました。

2019年、NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』で金栗四三役として主演、父・中村勘三郎が5代目中村勘九郎時代の1999年に『元禄繚乱』で主役を演じており、親子二代での主演となった。親子での大河ドラマ主演は、緒形拳(太閤記・峠の群像)と緒形直人(信長 KING OF ZIPANGU)以来2組目となります。

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中村屋の家紋


 

家紋:角切銀杏 読み方:すみきりいちょう
この座紋はもともと「丸の中に舞鶴」を使用していました。ところが元禄三年、将軍綱吉に姫君が誕生し鶴姫と名付けられたことから鶴の文字やデザインを使うことが禁止されてしまい、それ以降「角切銀杏(すみきりいちょう)」を使用するようになりました。銀杏の葉は鶴が翼を拡げる様子に見立てられたとも言われており、末広の扇に似た形でめでたいともされています。

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