【江戸幕府300藩】八戸藩の家紋は「南部鶴」南部せんべいやせんべい汁などで有名な地!

八戸藩とは?

八戸といわれてもピンとこないかもしれませんが青森県にあります。そして有名なアスリートである伊調馨選手と伊調千春選手の出身地でもあります。

食べ物では南部せんべいや八戸せんべい汁などが有名ですね。B-1グランプリ発祥の地でもあります。

八戸藩で有名なのは2代藩主南部直政。かの有名な5代将軍徳川綱吉の側使用人になったことがある人物です。

盛岡藩の分家にあたる八戸藩ですが藩の間ではいざこざがあったみたいです。

そんな八戸が江戸時代ではどんな藩だったのかをみていきましょう。

八戸藩の基礎情報

石高 2万石
旧国 陸奥(青森県)
居城 八戸城(八戸市)
藩主 南部家
家紋名 南部鶴
江戸城控間 柳間
陣屋
爵位 子爵
藩主の変移

初代 南部直房

最後の藩主 南部信順

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お家騒動に幕府が介入

盛岡藩の3代目、南部重直が跡継ぎを決めずに病気で死んでしまったためです。

幕府が下した命令は重直の弟の重信に盛岡藩を継がせることでした。重信に藩を継がせるときに幕府の裁定により盛岡藩8万石、八戸藩2万石に分割されます。

遺恨は末代まで響く

重直の異母弟である直房が八戸藩を立ち上げます。しかし後に盛岡藩と八戸藩の農民同士の争いが勃発するなどして分割相続のいがみあいは続いていきました。

初代藩主南部直房

八戸藩の初代として頑張っていた直房でしたが、寛文8年(1668年)41歳にして亡くなられます。

死因は病死とされています。しかし盛岡藩の陰謀による暗殺という説があり、幕府が調査を行っています。

その後盛岡藩は「八戸藩は分家ではない。独立した対等の立場」と表明しています。

直房の跡を直政が継ぎますが、直政の死因も盛岡藩による暗殺の噂があります。

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南部直房

引用:https://ja.wikipedia.org/

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八戸藩の家紋「南部鶴」を解説

八戸藩の家紋は「南部鶴」です。また「対い鶴に九曜」として知られています。起源として二つの説が伝えられています。

一つ目は陣所付近の池にきた二羽の鶴を殺さずに生け捕り、将軍であった頼朝から賞賛されたことを記念として二羽の鶴を紋に記したという説です。

二つ目は戦の最中、夜明けの空に二羽の鶴が飛んできて九曜の星が空から降ってくる夢を見て勝利をおさめることができたため、このことを記念して胸に九曜の星をつけた二羽の鶴を紋に記したという説です。

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