【江戸幕府300藩の家紋】関東・甲信越エリア77藩の家紋・藩主・石高・爵位などまとめまとめ

鉄壁の防衛ラインと商工業の発展

関東エリアは江戸時代に江戸城で家康が住んでいたことで経済の中心となりました。現在でも東京は日本の中心部として栄えてますよね。世界からも何かと注目を集めています。

なんと東京都の予算はスウェーデンの国家予算に匹敵するほど!江戸時代、今の関東がどんなものだったのか見ていきましょう。

現在の「関東」の始まり

幕府が成立してから江戸防衛のために箱根・小仏・碓氷に関所が置かれました。そしてこの関所から東が関東と認識されるようになりました。

相模、武蔵、安房、上総、下総、常陸、上野、下野の8ヵ国を指して「関八州」と呼び、そのほとんどが幕府直轄地である天領や旗本知行地、譜代の小藩ばかりでした。

七日市藩(前田家)や麻生藩(新庄家)のような外様藩もありましたが、やはりほとんどが数万石の小藩だったようです。

江戸の防衛と経済の発展

小藩同士の相互監視体制と代官による監視網によって、幕府は江戸の防御を図ります。

川越藩と小田原藩は防衛面で特に重要とされ、川越藩には親藩・譜代の有力大名が配置され、小田原藩には譜代の名門・大久保家が封ぜられました。

関東地域は狭い領地ですが、大量に消費が行われる江戸が中心となって商工業が栄えることに。

特別扱いだった水戸藩

水戸藩は徳川御三家の一つです。現在の東京都文京区にあたる小石川後楽園は実は水戸藩の豪邸の一部です。

領地には不在の水戸藩主

実はこの水戸藩は徳川御三家の中で唯一参勤交代を行わずに江戸への定住が義務付けられていました。

そのため水戸藩主は江戸にいながら、水戸には定住せずに藩政を行なわなければならない困難な状態でした。

財政難に苦しみ続けた水戸藩

物価の高い江戸での生活や、江戸と水戸との家臣の二重化などで出費がかさみ、財政難に苦しみ続けました。

水戸藩の内高は35万石と言われていますが、実際にはを大きく下回っていたといわれています。それくらい財政難が続いていたということです。

関東・甲信越地方の77藩の家紋まとめ

その他にもたくさんの特徴があるのが関東・甲信越地方です。

今回は関東・甲信越地方の全77藩の藩主の移り変わり、石高、江戸城控間、爵位、 これまでの歴史などをまとめました。

水戸三つ葵 六曜・六つ星 織田瓜 丸に三つ葵
水戸藩 宇都宮藩 館林藩 忍藩
蔦・姫蔦 那須藤 真田六文銭 六曜・六つ星
川越藩 小田原藩 松代藩 松本藩
榊原源氏車 溝口菱・五階菱 牧野三つ柏 牧野三つ柏
高田藩 新発田藩 長岡藩 笠間藩
井上鷹の羽 九曜 六つ水車 守山三つ葵
下妻藩 土浦藩 古河藩 宍戸藩
守山三つ葵 桝形に月 山口菱 笹竜胆
常陸府中藩 常陸松岡藩 牛久藩 下館藩
蛇の目九曜 左三つ藤巴 八つ石 堀田木瓜
谷田部藩 麻生藩 志筑藩 佐倉藩
久世鷹の羽 丸に抱き沢瀉 井上鷹の羽 内田轡
関宿藩 結城藩 高岡藩 小見川藩
梅鉢 丸に片喰 丸に三つ扇 石持ち地抜木瓜
多古藩 生実藩 大多喜藩 久留里藩
並び九曜 水野沢瀉 丸の内三頭左巴下に一文字 丸に違い柏
飯野藩 鶴牧藩 請西藩 一宮藩
丸に違い鷹の羽 剣片喰 折敷に三文字 那須藤
佐貫藩 安房勝山藩 館山藩 烏山藩
六曜・六つ星 六曜・六つ星 鳥居笹 堀田木瓜
高徳藩 足利藩 壬生藩 佐野藩
有馬巴 柊輪に沢瀉 五七桐 大関朧月
吹上藩 黒羽藩 喜連川藩 大田原藩
高崎扇 桔梗 丸に三つ葵 九曜
高崎藩 沼田藩 前橋藩 小幡藩
上野牡丹 七日市前田梅鉢 板倉巴・九曜巴 丸に剣片喰
吉井藩 七日市藩 安中藩 伊勢崎藩
大岡七宝 丸に梶の葉 隅切り角に花菱 丸に大の字
岩槻藩 岡部藩 六浦藩 荻野山中藩
丸に右離れ立葵 牧野三つ柏 五三桐 下がり藤 
飯山藩 小諸藩 上田藩 高遠藩
丸に諏訪梶の葉 下がり藤 蔦・姫蔦 丸に梅鉢
諏訪藩 岩村田藩 田野口藩 信濃飯田藩
六角に卍 下がり藤 釘抜き 四つ花菱
須坂藩 村上藩 村松藩 三日市藩
釘抜き 丸に三つ葵 井伊橘・彦根橘 牧野三つ柏
椎谷藩 糸魚川藩 与板藩 三根山藩
四つ花菱      
黒川藩