菅原道真の家紋は梅紋!?天神様の社紋には梅紋が多い理由とは?神社まとめ

菅原道真と言えば「学問の神様」とされている人物ですが、その道真を祀っている神社には「梅紋」が神紋として定められています。

天神様として祀られている道真と梅紋には、どのような関係がるのでしょうか?

今回は、天神様の社紋に梅紋が多い理由と、梅紋を使用している神社、道真の歴史についてご紹介いたします。



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菅原道真とはどんな人物?

菅原道真は学問の神様として祀られている人物ですが、本人の学業はどのようなものだったのでしょうか?改めて菅原道真について人物像をご紹介します。

若くて秀才な存在だった

菅原道真は845年、京都で学問の家系である菅原家に誕生します。特に中国思想などの漢学についての勉強に力を入れて育てられ、18歳には当時の大学生である文章生に合格します。18歳で大学生というのは現在では当たり前ですが、かつてこの年齢は物凄く若い者で、既に道真の秀才さが発揮されていました。

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政治にも関与した

その後33歳で学んできた漢学専門の「文章博士」になりますが、菅原家が代々継続してきた私塾の経営や、宇多天皇の勧めで政治家としても活躍します。文学と政治を両立するものはいませんでしたので、道真の存在はますます驚かれていったのです。

太宰府に左遷させられてしまう

政治活動でもその秀才さを生かして関与してきた道真ですが、あまりにも秀才であったため貴族に嫉妬されてしまうのです。そのままいくと道真が天皇の座をゲットするのでは?と考えた当時の醍醐天皇は、道真を太宰府の役人に任命し左遷させてしまいます。これが道真と太宰府の接点の始まりです。

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菅原道真の家紋は本当に梅紋なの?

「菅原道真といえば梅紋」とされているのですが、本当に梅紋を使用していたの?と聞かれると、はっきりした証拠は残っていないのが事実です。

道真が梅紋を使用していた証拠はないものの、各地の天神様の社紋には「梅」に関わるものが使用されているため、天神様として祀られた道真も梅ではないかとされているのです。

道真の子孫でもある加賀の前田家でも家紋に「加賀梅鉢紋」を使用しており、道真=梅紋というようになっています。梅紋は特に北九州や近畿地方に見られる家紋ですが、道真が最後を過ごした太宰府もその地域に含まれています。

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天神様=菅原道真だけど、なぜ梅紋を使っているの?

菅原道真が梅紋と関わりがあることはわかりましたが、そもそもなぜ梅紋を使用していたのでしょうか?それは、道真がこよなく梅を好んでいたからなのです。

子どもの頃から梅にまつわる和歌を詠み、更には太宰府に左遷された際も梅の和歌を詠んだそうです。それほど梅の花を愛していたため、天神様=道真=梅紋となりました。

梅紋を使っている代表的な神社

神社には必ず「神紋」という紋を1つ定めています。梅紋も全国各地の神社で神紋に使われているので、そのうちのいくつかを見てみましょう。どれも有名な神社ですよ。

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福岡・太宰府天満宮「梅花」

福岡県太宰府市にある太宰府天満宮は、先ほどご紹介した天神様である菅原道真をお祀りしている神社です。「学問・至誠・厄除けの神様」がいるとして多くの観光客が訪れます。


梅紋は天神信仰と深い関わりがあるとされており、福岡県をはじめとする九州地方・近畿地方で特に見られる紋です。題材府天満宮では「梅の花」が神紋に定められており、敷地内のあちこちで目にすることができます。

また、太宰府天満宮の敷地内には梅の木が植えられ、春になると満開の花と合わせて見ることができるので絶好のお花見スポットでもあります。

太宰府天満宮では梅の文様が入った「梅ヶ枝餅」も有名です。薄い餅の中に餡子を入れた和菓子で、表面には梅紋型の凹みがあります。実はこの梅ヶ枝餅も菅原道真に関係しています。

<菅原道真×梅ヶ枝餅のエピソード>

道真が権帥として左遷され落胆していた時に、安楽寺の門前で売られていた餅を店主の老婆が道真に与えます。元気を出して欲しいとの想いを受け取った道真は、その餅が好物になりました。そして道真の死後、その老婆が餅に梅の枝を添えて墓前にお供えしたことが「梅ヶ枝餅」の始まりと言われています。

梅の枝を備えた理由は、道真が軟禁されていた部屋の格子ごしに餅を差し入れする際、手では届かないため梅の枝の先に刺して差し入れたというのが由来となっているのです。これは言い伝えのみならず、絵巻物にも残されています。

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東京・湯島天神「梅鉢」

東京都文京区にある湯島天神は「学問の神様」として有名な神社です。こちらでも菅原道真が祀られ、現在でも受験生など学問の祈願をする人々に人気のスポットです。

湯島天満宮では「梅の鉢」を神紋にしており、神社内に梅の木があるのはもちろんのこと、販売しているお守りなどにも梅鉢紋が使われています。梅鉢紋は梅花紋に比べ花弁が離れたデザインで、少し幾何学的に表現されたものですが、他の紋とわせるなどして種類豊富で人気の紋でした。

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京都・北野天満宮「星梅鉢」

北野天満宮は日本全国の天満宮の総本社で、こちらでも菅原道真を祀っています。修学旅行で京都に行く学生や、学業成就を願う人々が訪れる京都の有名パワースポットです。

境内にはなんと50種類・1,500本の梅が植えられているので、梅が花を咲かせる春の時期にはとても美しい情景が見られるのです。

北野天満宮の神紋には「星梅鉢」を使用しており、空の星と梅鉢紋を掛けたイメージです。

「星紋」という独立した家紋がありますが、星は運命を司るものとして信仰されてきました。その星紋と梅紋を組み合わせてできたのが「星梅鉢紋」なのです。

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まとめ

菅原の道真の歴史と梅紋と神社の関係についてご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?

秀才で学問の神様とされた道真には、左遷という困難がありましたが、その左遷先が現在では有名なパワースポットとして人気の場所となっていることがわかりました。

梅紋は全国各地の天満宮で使用されていることが多いので、訪れる機会があれば是非探してみてくださいね。

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